2011/12/28

「国」って誰?

……たとえば、社会的な問題について
「何かご意見がありましたら、メールやFAXでお寄せください」
と司会の女性アナウンサーが言ったとして……

そういうとき
必ずといっていいほど寄せられる「ご意見」があります。

それは
「国の責任なのになぜ私たちがそれを負担しなくちゃならないのだ!」
というもの。

この「ご意見」に触れるたびに私はこう思うのです。
一体(この人の言う)「国」って何なのか?誰なのか?と。


多分、いわゆる「政府」のことなんでしょうね。
でもじゃあその「政府」とは誰なのですか?
現首相である野田さんですか?
政府をつくっている与党民主党なのでしょうか?
それとも
その政府で具体的に実務を担当している高級官僚たち?

まあ、「国」ってものが上述の人たちの誰かだとして……
次にこんなことも疑問として浮かび上がってきます。
「その人たちが責任を取って負担を担う」というのは一体どういうことなのでしょうか?
やっぱり個人の私財をなげうって補填しろということなのですか?
それとも給料を一部、あるいは全額返還しろということ?
どうなんでしょう?


……


不思議なのは
「国」のことは大声を上げて非難をする人は数多くいても
面と向かって誰かを名指しで非難する人というのは意外といないということ。
「国」という顔の無いのっぺらぼうを叩くのに、勇気はあまり要りません。
極端な話、
事情がよくわかんなくても「国」を叩いとけばいいような気安さがあるから。

それに対し
顔のある首相や特定の官僚、企業のトップを叩くのには
ある程度覚悟を決めて理論武装をする必要が生じます。
わけもわからずに叩くのは
その顔のある敵に「何も分からんくせに」と返り討ちにあう危険性もあるから…


というわけで、
「国が、」
「行政が、」
と二言目には仰る善男善女の皆様には、
安易にそう言いたがる気持ちも分からないではないですが、
「それって
傍で冷静に聞いているとあんまり格好いいモンではないですよ。」
と言いたいのです。

どうも「とりあえず言っている」という感じになってしまいます。

せめて
具体的に
誰にどういうふうに責任を取ってもらいたいかを
述べるべきでしょう。


そうしないと
主権を持っている国民としては
「クニ」=「私たち国民」という図式も少なからずあるわけで、
自分の発した非難が
そのまま自分に降りかかってくるなんてことになりかねません。

そして、
そんな杜撰な糾弾を
「国」の指導者たちは

屁とも思っていない

のは明らかなのですから……

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2011/11/29

「受験生の母」ブログ

実は今年の私は「受験生の母」で、ある。

そういえば、
そういったテーマのブログがかつてはいっぱいあった。
今もあるのかもしれないが、
ブログ自体が下火の傾向にあるので
なんとなく過去形の表現になってしまうが。

考えてみると
受験生の母というテーマだけではない。
他にも
家を建てるとか、資格を取るとか、
そういう経験をした人というものは多かれ少なかれ
そこで得た知識を誰かに伝授したくてたまらなくなるものなのかもしれない。
「その知識が誰かの参考になればこんなうれしいことはない」と。

だが、
本当のところは
こういう体験談というものは
「読んでくれる誰かの参考になる」というよりは、
書き手のストレス発散こそが最大の効用なのであろう。
ちょっと前まで
「なんでこんなプライベートなことまで書き連ねているのだろう」
と疑問に思ったりしたものだが、
要は「ストレス解消が目的なのだ」と
知った今では合点がいく。


さて、
現在のところ
私自身は受験生の母らしいことは特に何もしていない。
提出物の不備や期限について
多少神経を使っているぐらいのところだろうか。

というわけで
「受験生の母」というテーマで何かを書くことは
これから先もないだろうが、

……親って大変だな

と思わない日は、
受験あるなしにかかわらず
親となって以来、一日としてない……


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2011/09/28

初、村上春樹

村上春樹を、初めて読んでみた。
理由は特に無いのだが、
私の好きな文章を書く人に村上春樹ファンがいたので。

図書館で選んだのは「スプートニクの恋人」。
ご多分にもれず、
「スプートニク」という
ソ連の人工衛星の名前に惹かれて選んだものだった。

読み始めてまず、

……失敗した

と思った。


多分村上春樹のファンなら好きで好きでたまらないであろう
その知性的な文体が、鼻についてならない。
知識、薀蓄に溢れ、感受性の豊かさに満ちながら
どこか「斜に構えた」登場人物たちも気に入らなかった。

結果、
まだ前半の1/3ぐらいから
「この本は結局つまらなかった」と確認するためだけに
ページをめくることになる。
だって最後まで読まなければそう公言する権利は失われるから。
そして
それはいかにも癪なことだ。


というわけで
ほとんど速読に近い状態で私はこの本を読了。

最後の最後になって
ようやくこころ惹かれる登場人物(「にんじん」と呼ばれる子供)に出会えたのは
ここまで読んだ御褒美のようなものだったのかもしれない。
だが、それにしても遅すぎた。


読み終わって
アマゾンのレビューに目を通してみる。

……星2つくらいの人の感想に共感。


結論としては

村上作品「読まず嫌い」から
「読んだがやっぱり苦手である」ことを確認した

ということなのだろう。


…………


また、何年か後に
村上春樹を読む日がくるかもしれないが、

(そのときもきっと
また同じように思うのだろうな

でもまた手にしてしまうかもしれない)

そうとも思えるのが
ひょっとしたら村上作品の特徴なのかも。

(あまり認めたくは無いのだが。)

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2011/08/11

苦難を選んでしまった息子と
親馬鹿になりきれない父の話

スタジオ・ジブリの宮崎駿氏とその息子吾朗氏。
この夏封切られた映画「コクリコ坂から」の製作の日々を描いたドキュメンタリーを観ました。

いまや日本のアニメ界の巨匠である父駿氏と
その大きすぎる存在に圧倒されながらも自分の世界を模索する息子吾朗氏。
このふたりのぶつかり合いと葛藤がこの番組のメインテーマだといっていいでしょう。

ただ「ぶつかり合い」としては…
結果は吾朗氏の完敗といっていいのかもしれません。
彼が模索する主人公のキャラクターは「魅力がない」の一言で切り捨てられ
結局いつものジブリのヒロインどおりの「明るい元気な少女」に変えられていく。

自分の世界を描くことを目標にはじまった映画製作なのに
自分のカラーで物語を作り上げる予定だったのに
出来上がってみれば
それは父の作り上げたものの踏襲に過ぎない……

でも
それは映画製作というビジネスのなかでは
ある意味仕方のない当然なことなのでしょう。
観客はジブリのアニメを観に劇場に足を運ぶのですから。
宮崎駿氏のブランドに期待をしてチケット買うのですから。
厳しいことを言うようですが
宮崎吾朗氏の自主制作映画を見に来るのとはわけがちがう、のです。


ドキュメンタリーは結末を大団円風にもってってましたが、
その方針の変更は
問題解決の方向へ進むというよりは
ある意味残酷な最後通牒のようにも見え、
吾朗氏の悲痛な苦悩が痛々しく感じられたほど……

まあ

偉大な親と同じ道をいくという苦難

これを選んでしまった以上
それは仕方のないことなのでしょうが。


最後に
この番組の中で私の最も印象に残ってい父駿氏のこの言葉を。

「(僕は)長島監督や野村監督みたいになりたくないんだ」

実力の足りない自分の子供を引き立てる(口利きも含む)
という行為を忌み嫌う駿氏の心情、信念を表した言葉です。
要は
「自分は親馬鹿には絶対なりたくない」ってことなのでしょうが。
でも、世間はやっぱり、
息子に対する彼の態度に「親馬鹿」の片鱗を見つけてしまうと思うんですよね。
そして、どんなに駿氏が否定してもそれは避けることはできない。

結局親はみんな親馬鹿なんです。
程度の違いこそあれ。


ほんの数年前は
私も絶対親馬鹿にはなりたくないと思っていました。
こんな記事を書いたぐらい……
でも
今は親馬鹿になってもいいかもと逆に思っています。

だって
私の子に「親馬鹿できる人間」なんて
この私以外にこの世にいないんだから。

「全く親馬鹿なんだから」って陰で嘲笑われる?
いいじゃありませんか。
上等ですよ。

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2011/07/07

「セイムタイム、ネクストイヤー」

夕べ七夕の記事を読んだ。
年に一度の逢瀬。
しかも雨が降れば流れてしまう儚い逢瀬だ。

書き手の女性作家は
その七夕の「年に一度」という繋がりから
「セイムタイム、ネクストイヤー」へと話を続けていく。

お互いの素性も知らぬ一夜のアバンチュールのはずが、「来年の同じ時」の逢瀬を約束して別れる既婚者2人の物語。
その「年に一度の逢瀬」は25年も続くことになる。
互いにそれぞれの時を刻み成長していく二人の交流の深まりを描いたこの作品は、
舞台であるアメリカの時代の変遷なども織り交ぜられたなかなかの秀作らしい。

いわゆる不倫モノなのだろうが、
不思議と嫌らしさを感じないのは何故なのだろう。
年に一度という極めて限定された逢瀬だからだろうか。
二人が自分の、そして相手の家族をも気遣う品位を保ちながら
交流を続けていったからなのだろうか。

不道徳なのだろうが、
既に日常という真綿でとっくに絞め殺されてしまった夫婦間の恋愛感情と
年に一度の逢瀬への想いでは
勝負にならない。
もちろん
裏切られ続けている互いの配偶者にとっては
とんでもない話には違いないが。


映画化もされたようだか、
日本では未公開だとか。
DVDの類も発売されていないらしい。
ただ、舞台上演はされていたようだ。


……夫と観てみたいな。

ふと、そう思った。

結婚18年目。

この舞台を観たとして
彼の胸にはどんな想いが去就するんだろうか?


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«男女の間に友情はあるのか