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2004/06/25

お父さんって大変

「父の日」はもう終わってしまったけど・・・
我が家ではこの「父の日」は全くと言っていいほど話題にものぼりませんでした。


「・・・お父さんはこれでも大変なんだよ・・・」
「・・・でもお父さんが大変なとこ見ていないもの・・・」

これ我が家での夫と娘の会話です。

そりゃあそうだろうというかんじですよね。
子供にしてみたらうちに帰ってきてくつろいでいるお父さんしか見ていないのですから。
我が家ではお父さんの意向は、
テレビのチャンネルから外食時の店選びに至るまで、結構大きな決定権を持っているのですが、
そんなわけで「お父さん」は子供にはちょっとうるさい存在みたいです。

「なんでいつもお父さんが決めるの?」と不服そうに娘が言います。
さすがに私も、明治時代の家父長制じゃああるまいし、
「お父さんがうちでは一番えらいから」って言うのも気が引けて、
何ていったらいいかと言葉を選んでしまいますが、結局
「お父さんは一生懸命働いて大変だから」というような意味合いのことを答えました。
「でもお母さんも働いているじゃない、
働いているのにうちでもご飯つくったり洗濯したり大変なのはお母さんでしょ。」
よくぞ、言ってくれたというかんじですが、
お母さんの稼ぎだけじゃうちは食べていけないのですよ、トホホ・・・
でも家計を誰が支えているかなんて問題は子供にはどうでもいいことなのかも。
結局は、
「お父さんが元気に働いてくれるからこそ私たちは安心して暮らしていける、
それに感謝する意味でお父さんを尊重しよう」
と言ってそのときは決着がついたわけですが。

でもどんなに言葉で説明したところで
「ハイ、そうですか」と子供がお父さんを尊敬し始めるわけもないですよね。
日々子供の世話をするお母さんと違ってお父さんはその人なりが大きく出ます。
つくづくお父さんって大変。

私自身、父にはかなり反発してきてしまったけど、
うちの子たちは夫に対してどういうふうになるのでしょうね。

やはり私と同じように、
「一緒にいるときは反発したけど、離れてみるといい父だった」

そんなとこに落ち着いてくれれば御の字といったところでしょうが・・・


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2004/06/22

ちょうどいい

ここんとこ、ココログにご無沙汰だっだので、久々に書きます。
三日坊主って思われるのも癪なので・・・(いったい誰に・・・?)

また、携帯を壊してしまいました。
あーあ、子供と一緒にアイススケートなんぞ20数年ぶりにやったら、尻餅ついちゃって・・・・
そういうときに限ってお尻のポケットに入れていたりするのです。

「あーあまたやっちゃった、また携帯の番号変わったってみんなにお知らせしなきゃいけないのか・・・・」
自分の粗忽さをまたまた披露しなければならないのか、ととても落ち込んでしまったんですが、とりあえず電話は使えるよう。他もとくに異常ないみたい。(Auto ON、OFFなどもできているようだし)

どうも液晶だけ壊れた様子なのですが、画面が読めない携帯ってまるで使えないって良くわかりました。
とにかく修理に出さなくっちゃ、と昨日出してきましたけど、携帯会社のショップって「いつもなんであんなに混んでいるんだろう」ってぐらい混んでいますね。
待つこと45分くらいかな、ようやく修理に出すことが出来ました。代替品も無料貸し出ししてもらいとにかく一安心。
働くママとしては携帯がないとなんか落ち着かないのです。(子供の事故とか緊急連絡が入ってくるかも・・・ってね)

実は今日はここからが本論です。

こういう失敗をすると私はすぐ落ち込んで、なんとか取り返しをしたいと躍起になるタイプなのですが、
それにしてもその私に対して、うちの夫くんは絶対に追い討ちをかけるような言葉は決して言わない。

「まあそうなる運命だったんでしょう」とか
「これには縁がなかったんだね」とか
「そんなに痛い出費じゃないでしょ、大したことないよ」などなど。

修理にだしてひとまず一段落して頭も冷えた私は夫に言いました。

「絶対に人の失敗を非難するようなこと言わないよね、それだけで私より人間として優れていると言えるよね」
「えー、そんなことないよ。『何やってんだよ!』って思うときは言うよ。」
(携帯が壊れたぐらいのことはたいしたことないってことか?)

つまりそういうことらしいのだが、でもこんなときが「あー、このひとと結婚してよかった」って思う瞬間です。。

たまにすごーくいい旦那様に対するノロケなんかを聞いたとき、
根性の狭い私は正直、「ケッ」てな気分になってしまうけど、実はうちの夫くんもなかなかなもんなのです。

「どこが?」って聞かれると、そうですねえ・・・
うーん、家事に積極的ってわけじゃないし、子育てだって大方私の仕事。
いわゆる「何も言わないけど何もしない」っていうのの典型のような人だけど・・・・

しいて言えば、「私には丁度いい」ってとこかな。

それも「すごくいい」んじゃあなくて「丁度いい」ってことがミソ。

こんなことを書いていると、やっぱり幸せっては絶対的ではなくて相対的なものなのかなあ、って思いますね。
ここしばらくは「人と幸せ比べするの」控えることができそうです。


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2004/06/11

滅びへの道

「出生率」がまた下がったとのこと。
一人の女性が生涯に産む子供の数の平均が1.29人だとか・・・
政府は「子育て支援策の更なる充実」を、と言っているけどそれがこの問題の根本的解決につながるのかは、私にははなはだ疑問です。
そもそも子供を産まないひとの中では
「子供を産みたいけど産めない」っていうひとより「子供は産まない、産みたくない」ってひとののほうが、割合は多いんじゃないでしょうか。

子供を産んでも今の仕事をバリバリ続けられるような制度が完備され、
子供への教育費や子供の数だけ子供部屋のある住宅を国から支給されたとしても、
この子供を産みたくない人の気持ちを変えるのことはできないでしょう。
女性、こう言うと語弊がありますね、ひとびとあるいはカップルと言い換えましょう。
とにかくひとびとに「子供を産む産まないを選べる自由」が与えられたときから、
この出生率低下は避けて通れない道のような気がします。

ここで誤解しないでいただきたい。
「子供を産む産まないを選べる自由」が悪いとかそんなことを言うつもりは私には毛頭ありません。
今はいろいろな可能性があって子供を産み育てることがその可能性を打ち消してしまう場合も多々あります。
だから子供は産まない、と決断するひとがいるのも当然でしょう。
これらのひとびとの存在はもう国家が介入できない次元なのだから、
政府としては、「子育て支援策の更なる充実」と言うしかないのでしょうが・・・

星新一さんの作品で「最後の地球人」というのがありました。
人口の増え続けた未来の地球で、あるときを境に人間の女性が生涯一人の子供しか産めなくなってしまうというお話。
人類はその日から滅亡へと向かっていくのです。
過去の人間たちが思い描いていた「悲壮感や絶望感に満ちた滅亡」とは違いながらも、それは確実に滅亡です。

「豊かになって自分の代で幸せをつかめれば、子孫への命の継承はもういいのか?」

つくづく生命としての種を考えさせられますね。
日本を始めとする出生率低下に悩む先進国の国々は最早、種として滅びの道を歩み始めたのかも・・・
それがある意味、自然淘汰されていることなのかもしれませんね。
だって、もう民族としての生命力が欠け始めているのですから・・・


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2004/06/09

アンになりたかったよ!

我々もすでに結婚10年を超えまして、結婚式もやったり、招かれたりもしたけれど・・・
うーん、自分の結婚式に対する力の入れようは人並みだったかなあ。


子供のころは、
「赤毛のアン」の世界にあこがれて、アンのような結婚式を挙げたいなどと思ったけれど、
なかなか20世紀末のしかも、日本の地方都市であげる結婚式は現実の壁が大きかったですね。

結局音楽をちょっと凝るぐらいで終わった我々の演出でした。

でも、招待した友達から、
「あなたの趣味だよねー、と思ったよ。こういうのもいいなあ」
なあんて言われるととっても嬉しかったりしましたね。

所詮は自己満足なんてシニカルに思っていても、
可愛い(?)とこのある自分です。

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2004/06/04

まさか、うちの子が・・・!?

 この間、学童保育室の個人面談というのに行ってきました。
 うちには小1と小2の二人の子供が学童保育室にお世話になっていますが、基本的には新入生の下の子を中心に
話は進みました。
 小1の息子は未だに赤ちゃんぽい子で、まあ想像通りの様子だとのこと。
「すみません、家でも気をつけます」ってなことをぺこぺこしながら話を聞いたわけですが、続いて小2の上の娘についての面談になって、わたしは少なからずショックを受けてしまいました。

 下の子とちがって4月生まれで運動も得意、勉強もそこそこと、まあ親からみればあまり心配ない娘と思っていたのですが、「ちょっと言動にストレートすぎるところがありますね、障害を持つお子さんたちへの言動もきついものがありますし・・・・」との注意。
 ええーっ!そんな子なの、うちの子って!!

 実はわたし自身は決して元気で活発な子ではなく、いじめにもあったことのあるような子供だったから、言葉の暴力には敏感に注意をし続けてきたつもりです。
 健常者ではない人々と接する機会があったときも、その度ごとに「こういう違いは身体が大きいとか小さいという違いと同じ、ゆっくり成長する人たちもいるんだよ」というふうにつたない言葉ながらも説明するように務めてもきました。
 それなのに自分の子供がそういう心無い言動をとるような子になっているなんて・・・!

 大ショック・・・!!という顔をしているわたしに向かって指導員の方はあわてて「お嬢さんだけが特別すごいってわけじゃないんですよ、子供ってそういうことに対して結構残酷なこと言っちゃったりしますから・・・でもまあそういうこともあるっていうだけで・・・」とフォローしてくれました。
 (ああでもショックなことには変わりありません。)

 結局、いくらいろいろと言って聞かせても、さほどのこころの痛みを感じたことのないわが子にしてみると、そりゃあ建前、ぐらいにしか感じていなかったってことなのでしょうか。
 そうなのだとしたら、心の痛みを学ぶということはとても大切なことのなのですね。

 帰ってきた娘にそれとなく、
ぽろっと喋る前に「この言葉を言われたらどんなふうに自分は思うか」について考えること、それから
「自分は何の気なし言ったことも、ひどく相手の心を傷つける」ということ
について話してみました。
 「おかあさんは子供のときひどい言葉を言われてとても悲しい思いをしたことがある。
だからもしあなたがそんな言葉を別の子に言っているのだとしたら、それはおかあさんに言っているのと同じだと思ってほしい」、そう言ってもみました。
 どれだけわかってくれたことか・・・

 それと、もうひとつ。

 これを機会に自分の子供時代のことを思い返してみました。
本当に自分はいじめられていただけなのか、それは自分の都合のよいようにすりかえられた記憶なのか。
多分自分も他の子供と大差なく時には残酷な言葉を吐いていたことでしょう。
そうなると娘に対しては、「一緒に気をつけていこう」という態度で接するべきなのでしょうね。

チャットや交換日記での行き違いで、小6の女の子が同級生を殺害してしまうという事件すらある世の中です。
そんなときにいろいろ考えさせられた個人面談でした。

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はじめまして、ココログ

やった、やった!
ついにココログデビューしました。

実はいまHP作成にはまっています。
テーマはスイス家族旅行。
でもどんどん欲がでてきて・・・
HPについての知識がまるでないのがもどかしい毎日です。

「ココログはエッセイコーナーとして使えるかなあ」
これがデビューの動機。
第一回のつぶやきとしてはこんなもんですが、どうでしょう・・・

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