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2004/12/24

イブのご予定

 「イブのご予定は?」
 ラジオから流れてくるその言葉は、もうこの季節に入ってから何度も聞いた言葉。
 もう聞き飽きたという言葉だ。

 その答え中で、印象に残った一言。
 「礼拝に出ます」

 そう言ったそのひとが、クリスチャンであることはもう全国的に周知の事実なのだが、尋ねたほうはちょっとその答えに躊躇したようだった。
 あきらかに引いている、そう思ったのはわたしだけだったのかなあ。

 「礼拝に出ます」
 そうきっぱりと言ったあと、そのひとはちょっと和らげるように、「そのあと友人たちとちょっとしたパーティーがあるんですけどね・・・」と付け加えた。
 その姿に、同じくキリスト教徒の私はなにやら共感のような同情のようななんとも形容しがたい想いをもってしまった。

 日本のクリスマスは最早キリスト教徒のためだけのものではない。
 いや、世界中を見回したってそうなのかもしれないが、
 とにかくその事実を突きつけられたというかんじだろうか。

 先ほどの「ご予定は」と尋ねたほうも、悪気があって引いたわけではないのだろう。
 「あら、軽く尋ねたつもりなのに、不謹慎だったかしら・・・ゴメンナサイ」という戸惑い、そしてそれを知っているからこそ答えるほうも「そのあとパーティーが・・・」と付け加えたのだろうから、あれはあれで優しい優しい日本人の麗しい思いやりのあるやりとりだったと言える。

 しかし、
 「礼拝に出ます」
 というその答えの中に、多分キリスト教徒の多くが思っているなにかを感じたのも私だけだったのだろうか。
 「クリスマスには礼拝に出ろよ」
 「クリスマスを祝うのなら、礼拝くらい出ろよ」
 「クリスマスはキリストの生誕日なんだから、関係ないとこでお祭り騒ぎしてんじゃねえよ」
 (下品な言葉ですみません)

 でもキリスト教徒がそう言ってしまうと、その言葉は諸刃の剣になって自分にかえってくる。
 「じゃあ、クリスマスに礼拝に出ればいいのかよ?」
 「じゃあ、礼拝にでて、お祈りしてればいいのかよ?」
 「それさえすれば、それがキリスト教徒といえるのかよ?」

 「義人なし、一人だになし」という言葉がある。
 それがわかっているから、気弱に逃げ腰になるのかもしれないなあ、優しい日本のキリスト教徒は。

 キリスト教徒ではないみなさん、
 これを読んで不愉快な思いをさせてしまったら、
 本当にすみませんでした。

 でも、周知のことですが、
 クリスマスは別に、恋人との特別な一夜を過ごす日なのではないのです。
 キリストの生誕を祝う日、
 つまり、誰かと優しく暖かい気持ちを分かちあう日なのです。

 言い換えれば、

 そういう日を過ごせれば、救い主も喜んでくださる、

 そのようですよ。

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2004/12/21

ある朝目覚めると・・・

 「突然時間がとんで、ある朝目覚めると自分が40過ぎの主婦になっていたらいいのに!」

 これは今から13、4年前の私の願望である。
 その頃の私は自分の若さや自由の重さに正直、疲れきっていた。

 当時私は20代の後半、独身のOLで自宅から通勤する今で言うところのパラサイトシングル。
 両親、特に母親の「そろそろ結婚しろ」攻撃は日に日に強まる一方で、だんだんのらりくらりとそれをかわすのも難しくなり、親子関係も微妙にギクシャクしてきていた。

 結婚。
 別にしたくないわけではない。
 でも適当なひとがいない。
 だからしない。

 そんな当たり前の論理が親には通用しない。

>「適当なひと」ならどこにでもいるじゃない。
>どうしてそのひとじゃだめなの?
>自分を省みてごらん、
>そんな理想ばかり追いかけてどうするの!

 私は恋愛下手な人間だった。
 いや下手というより、恋愛という段階に達するということがほとんどない恋愛以前の人間だといったほうが適当だろう。
 そんな私にとって、誰かと両想いになってしかも結婚まで持っていくなんてことは、まさにラクダが針の穴を通るようなものである。

>だからお前のような人間は適当なところで手を打って、
>そこそこの結婚をすればいいのだよ。
>一緒に暮らしていけば
>だんだん情も湧くものなのだから。

 その通りなのかもしれない。
 でもどこで手を打つというのだろうか。
 そんな決心がどうやってできるというのだ?

 だから私は思ったのだ。
 そういうあれこれの悩みをひっくるめて、
 「『人生で悩み多いけど一番輝いている時』の全て投げ打っていいから、自分を落ち着かせてさせてください!」と。
 それが
 「朝目覚めると自分が40過ぎの主婦になっていたらいいのに!」
 という願いだったのだ。


 時は流れて、私は結婚し子供を産み、家庭を持つようになった。

 私の結婚は、
 「適当なところで手を打ってのそこそこの結婚」ではなかった。
 多分この世で一番、一緒に生活したいひととの最高で唯一無二の結婚だった。
 (ちょっと照れるけど・・・)
 どうして恋愛以前の私がこんな結婚をしたのか、
 それは今でも謎であるのだが。

 でも逆に言えば、
 結局誰だってそういう結婚しかできないものなのではないのだろうか。
 唯一無二の相手だからこそ、踏み切れる、
 結婚ってそういうものじゃないか!


 実は今月は私の誕生日と結婚記念日の月。
 そして私は40歳になった。
 結婚生活は12年目に突入。

 実際に40過ぎの主婦になってみて、昔のこの悲痛は願いのことを
 ふと、思い出した。

 「あの頃は本当に辛かったけど、
 でも、人生はそんなに悪いものでもないようですよ」

 もし今この同じ苦しみを味わっているひとがいたとしたら、
 そう、そのひとに私は伝えたい。

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2004/12/17

行間の表現

 この前のblogを読み返して、思ったこと。
 まあ、以前から気になってはいたのだが、私の文章には「・・・」が多い。

 これは一応、自分としては「間」というか、行間に流れる雰囲気のようなものを表現したくて多用しているわけなのだが、それにしても最近多すぎる気がする。
 多すぎて読んでいる側にしてみると、
 「なんだよ、なんか勿体つけているっていうか、自分に酔っているっていうか」
 としらけることだろう。

 行間になにものかを滲ませるというのは、なかなか難しいものだ。
 「・・・」などの記号を使うなど、そんな小細工を弄さずとも実に巧みにそれを表現できている文章に出会うと、自分はまだまだだなあ、と思ってしまう。

 特に私の場合、自分の言いたいことが相手に伝わるかとても不安なため、ついついくどい表現を使ってしまう。
 話し言葉などもそうだ。
 その昔、自分の母親に「あんたの話し方はくどい。そう何度も同じことを言わなくてもいい。せっかくいいことを言っていても聞く気がしなくなる」といわれたくらいだ。
 自分でも全くそのとおりだと思う。
 「・・・」だって「ここで間を感じて欲しい!間があるとないとでは微妙なニュアンスが違うから・・・」という願いから、蛇足ながら使っているわけだ。

 「より自分をわかってほしい、自分の言わんとしていることを十分に(十二分に)理解してほしい」
 そういう思いがきっと私はひと一倍強いのかもしれない。

 でも、文章たるもの、ひとたび書き手を離れ読者の目に触れれば、それはもう読者の感受性のままに受け入れてもらうのが一番なのだろう。行間とは書き手が意識してねじ込むものではなく、読み手が溢れ出てくるもの受け取るものなのだ。


 「氷山の一角」という言葉がある。
 よく「悪いことが一部表面化して、他にも見えないだけで存在するであろうと推測される」ときに使われている。
 多分その使い方が正しいものなのだろうが、それとは別に、私は「そのひとたり」もその「氷山」のようなものだと思っている。

 ひとがその全てを外にさらけだすことは不可能だし、必要のないことなのだ。
 外にださなくても、それがそのひとの力であり中身であることは変わりない。であるから必要とあらば自然と滲み出てくるものもあるだろうし、また一生日の目をみないものもあるだろう。

 文章における行間もそんなものなのではないか。

 「多くを書きすぎる」のはちょっと控えてみよう。
 そんなことをせずとも、私の文章は、私をあらわしてくれる筈なのだから。

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2004/12/14

好き嫌い・・・

 好き嫌いって、誰にでもあるもののようだが、皆さんはいかがだろうか?
 実は私の場合、かなり好き嫌いははっきりしている。

 この好き嫌いも対象が、食べ物や洋服などであればそんなにたいした問題でもないのだろうが、人が対象となるとなかなか厄介だ。
 日々のさまざまなお付き合いの中には、正直深入りしたくないような人もいて、そういうひとたちと当たり障りのない会話をした後など、非常に疲れている自分を再認識したりする。
 まあ、これも
 「自分は相手を好ましく思っていないが、それを相手に気付かれるのは困る」
 もっと単刀直入に言うと、
 「自分は相手が嫌いだけど、自分が相手に嫌われるのはまっぴらごめんだ」
 いうまことに自分勝手な願いから無理をしているのだから、仕方のないことなのだろうが・・・

 さて、身近な人だけではなく、テレビやラジオに出てくる人々に対してももちろん好き嫌いはあるわけで、こっちのほうが相手は自分を知らない分、まことに無責任に好き嫌いを出すことが出来る。
 私はテレビをあまり観ないので、もっぱらラジオとお付き合いしているのだが、声だけが流れてくるラジオは、顔が見えない分その喋り方で瞬時に「あ、このひといいな」とか、「やだやだ、つまんないこと話しているな」なんて思ってしまうのだ。

 思えば彼らも大変なのだろう。
 毎日毎日さまざまな話題を取り上げては
 「すっごく、これいいですねえ・・・」
 などというのは仕事柄とはいえ苦痛なことだ。
 そんなに自分が「すっごくいい」と思う物事などごろごろしていているはずもないのに、多くの聴者にかわってそれを体験し伝えるのだから、自分の好き嫌いを露わにするわけのもいかないのだろう。
 でも結局そういった上滑りの言葉などにだまされる人は少ない。そういう言葉ばかりを吐いているひとが「つまらなく」思えるのは当然のことなのかもしれない。

 さらに言いたい放題を言わせてもらうと、だいたい私がつまらないと思う人は気取っている人である。電波を通じて多くの人に自分をさらすのであるから、少しでも良くみせたく思ってしまうのは仕方ないことなのかもしれない。
 しかし、
 「賢くて、ウィットに富んでいて、しかも感動的・・・」という自分の喋りを一生懸命聴かせようとする姿にはしらけさせられてしまう。一生懸命というのはひたむきでこそ価値があるものなのに、自分を飾るのに一生懸命なのでは、聴いているほうは引いてしまうのだ。


 と、ここまで乱暴に書いてきて、自分自身を振り返ってみる。

 自分は気取り屋であったことはないのか?    
 ・・・・・・・・・・・いいや、ある。

 自分は保身のために当たり障りのない感想をのべたことなどないのか?
 ・・・・・・・・・・・いいや、正直な感想を述べたことのほうが少ないくらいだ。

 そして何より、こうして誰か第三者の悪口を言っている者に対して自分の持つ感情はどんなのもなのか?
 ・・・・・・・・・・自分の知らぬ第三者には同情こそすれ、その悪口を言う者に対して抱くのは嫌悪感以外の何物でもない。


 ・・・とどのつまり、好き嫌いは誰にでもあるものだ。
 ・・・だが、そういった理性とは無縁の感情は心の奥にそっととどめておくのがいい。

 このような公共の場所でそれをおおぴっらにするのは、決して褒められたことではないのである。

 (・・・ここまで読んでくださった方、今日は本当にすみませんでした・・・)

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2004/12/10

クリスマスを前にして・・・

 12月の入って、街はクリスマスモード一色である。
 街だけではない。
 家の中にあっても、ラジオから流れてくるのはクリスマス・ソングのオンパレードだ。
 非キリスト教国でありながら、日本になんと根深くこのクリスマスは定着したことだろうか!
 もちろん、クリスマスはキリストであるイエス生誕のお祭りであり、2000年前のナザレのイエスなる人物をキリスト(救世主)と認めないひと(非キリスト教徒)にとっては、さしたる意味のない日ということになる。キリスト教徒がその人口の1パーセントほどの日本にあって、どうしてここまでクリスマスがもてはやされるのだろうか。金髪碧眼の欧米の生活様式に対する憧れだけで、これだけもてはやされているとも思えないのだが・・・

 ご存知のかたも多いと思うが、実はイエス・キリストが12月25日に生まれたということは聖典である聖書には一言も書かれていない。この日にクリスマスが定められたのはキリスト教がヨーロッパに伝わって、その地の冬至の祭りと結びついてからなのだ。
 ヨーロッパの冬は暗く寒い。緯度は日本よりずっと高いから日照時間も短いし、天気もおおむね良くない。そんな辛い冬にあって冬至は、その日を境にどんどん日が長くなる喜ばしい日。その日こそ救世主であるイエスの生誕にふさわしいということで12月25日が、クリスマスとなったわけだ。
 つまりキリスト教徒でなくとも、少なくとも冬至になんらかの思い入れがあるならば、このお祭りを祝いたい気持ちが湧いてくるのも別段おかしくもないのかもしれない。

 ただ、プレゼントだなんだと商業主義に走っているこの日本にあっても、クリスマスはただの冬至という季節のお祭り以上の意味合いをもっているのではなかろうか?宗教色は限りなくないに等しいけれども、クリスマス・キャロルに疲れた心を洗われたり、クリスマス映画にじーんときたり、なんらかの癒しをイエス・キリストに対してではなくともこの日に対し求めている人は案外多いのでは?

 そんなことからもわかるように、このクリスマスは実はキリスト教にとって、格好の伝道のチャンスであるのだ。聖書や賛美歌、教会といった遠い遠い存在が1年間でこのシーズンだけ、ちょっとだけ身近な存在になる。

 実はキリスト教徒のはしくれである私も、日々の忙しさに信仰どころではないような生活を送っているが、このシーズンには身を引き締めて思いを新たにしたいと考えたりする。
 でもだからといって、いきなり隣人を教会の礼拝に誘ったりするわけではない。だいたい私は、人前でははばかられて「イエスさま」ということすらできないだらしのないキリスト教徒だから、そんな勇気はとてもない。日本で宗教が嫌がられる理由のひとつは、「押し付けられる」という印象にあるのだ。それがわかっているだけに、「福音を述べ伝える」、即ち「布教する」ということはものすごく大変なことだと二の足を踏んでしまう。

 「たとえ積極的な伝道活動に参加しなくても、自分が幸せに満ちた生活を送っていて、それがキリスト教の教えに基づいていることをひとが知ってくれれば、それがすなわち福音を述べ伝えることになるはず・・・布教よりもまず自分の精神修養」それが、布教伝道活動を怠ることに対する私の言い分であった。

 しかしその昔、三浦綾子さんの著作を読んでいたとき、「たったひとりのひとですら、この道に導けないようではキリスト教徒として悲しい」という文章を目にしてひどくショックを受けたことがあった。布教、伝道はそれだけ信徒にとって大切で重要な仕事なのに、それをこなす覚悟もなく入信してしまったのはまずかったのではなかろうか、というぐあいにである。・・・・そしてその思いは今もかわらない。私は未だたったひとりのひとですら道に導けていないのだ。

 科学全盛の時代になり、宗教の価値やその存在意味すら疑われるようになって久しく時が過ぎた。そんななか宗教にすがる人々を「心弱いひと」、「自分の道を自分で決められない意志薄弱なひと」と見る傾向は依然として存在する。「宗教などなくとも、自分はちゃんと真面目に正しく生きていくことが出来る」、日本人の多くのひとびとはそう思っていることだろう。
 世の中には宗教団体を自称する怪しげな集団もいたり、マスコミの宗教嫌いの傾向も手伝って、日本人の宗教に対するうさんくさい印象は消えることはないのかもしれない。

 そんな逆風のなか、どうしたらキリスト・イエスの福音を知らせることが出来るのだろうか・・・
 ・・・そんなことを思いこの文章をblogに載せてみた。
 ・・・この文章を読んで誰かが何かを考えてくれば、ということで・・・

 これは、姑息な私のささやかな伝道(?)である。
 ・・・・申し訳ないが、これが今のところ精一杯なので・・・

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2004/12/07

学芸会と平等主義

 先日、子供の学校で学芸会があった。
 もっとも学芸会という名称ではなく、「学習発表会」という名で開催されていたが、要は昔風にいうところの学芸会。合唱やダンス、それに劇という舞台発表を各学年ごとに行うという行事であった。
 ただ、やはり名称が変わるのにはそれなりの訳があったのだろう。
 学芸会というと学校で行われる演芸会という印象で「お楽しみ会」風になりがちなのを、「学習の成果の発表」と定義することで、より授業との一貫性を持たせたのかもしれない。

 確かに、ただのお楽しみ会的な娯楽性よりも、道徳で学ぶ「他者への思いやり」とか、国語で学ぶところの「はっきりとわかりやすく表現する力」とか、外国の作品を取り扱うことによる社会科との関連性「その国の文化や歴史」などなど、環境問題を取り扱ったり、平和の大切さを問うなどと、それぞれの演目もカリキュラムを使って練習するのに相応しいと誰もが納得できるような内容になっていた。
 学校も授業時間数が減って、今や始業式や終業式の日ですら教科書を持参して勉強するようなご時勢だ。ただの娯楽で時間をさくような余裕などどこにもないのだ。

 さて、演じている子供達の様子を観てみると、さすがに昨今の平等主義が反映されていて、だいたいの演目が全員出演、全員なにがしかの形でスポットライトがあたるような構成になっている。「音楽劇や、全員での作品朗読だとこの手の条件をクリアするのに難なくできるのだなあ」などと先生方の工夫に、妙に私は納得してしまった。

 しかしその中でひとつ、完全に全員が舞台に出ていない演目があった。

 登場人物は端役を入れてもせいぜい20人ぐらいか、主な役をやる子が場面ごとに代わるということもなく、主役の子は30分あまりの舞台をひとりで演じきっていた。
 もちろん小学生の演劇であるから、皆覚えた台詞をしゃべるのに精一杯、ほとんど棒立ちで喋っているといった舞台である。でも、それを観ていた私たち夫婦はなんだか感動してしまった。それは、舞台そのものに対する「感動」というよりは、そういう舞台発表に敢えて挑戦した先生や、それを受け入れた子供達に対する新鮮な驚きに伴う「感動」だった。

 「学校教育における平等主義が、個性を無視した悪平等ではないか」ということが言われ始めたのは、いつのころからだろうか。
 足の速い子がいつも目立つ選抜リレーが運動会から消えたり、元気が良くて活発な子供や楽器が弾けるなど一芸を持つ子ばかりが目立つ演目が学芸会から消えたり・・・
 子供時代その他大勢の子であった私には、その配慮を愚かしいだけのものとは思えないけれど、ものには程度というものがある。演芸の世界にはどうしたって光を浴びるものと裏方が存在するのだし、だからこそ観て面白いものも生まれるのだ。平等主義に走りすぎて、出来上がる舞台が無味乾燥なものになってしまったら本末転倒ではないか?

 学校側をその声にようやく重い腰を上げはじめたのかなあ・・・
 この非全員舞台がそのあらわれなのかなあ・・・
 そんなことを話しながら、我々夫婦は学校をあとにしたのだった。

 それから何日かたったある日、街で上の子と同じクラスの子の親御さんに出会ったときのこと。
 そのひとは私の顔をみてこう言った。
 「○○ちゃん(子供のこと)、発表会のとき、うまかったじゃない?声もよく通っていたし・・・うちなんかその他大勢だからはじめはどこにいるのか分からなかった・・・」

 その言葉を聞いて私はハッとした。
 うちの子はふたりとも、舞台に立ち、わずかな時間ながら光を浴びる機会を得ていたのだった。

 その親である私たち夫婦だから、あの非全員舞台に共感できたのであろうか・・・

 もしもあの舞台の裏方の子の親であったとしたら?
 それでもやっぱり、その試みに惜しみない拍手をしていたのだろうか?
 ・・・それが出来た、と胸をはって言えるのだろうか?

 そんなことを考えながら家路を急いだ私、であった。

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2004/12/03

匿名の功罪

 さまざまなblogを読んでいると、実に多様な人々がいろいろな考えを書いていることにいつもながら驚かされる。そんな中でもズバッと切れ味のいいご意見や批判を読んだりすると、自分の文章がいかにあやふやで中途半端なものかを思い知らされるわけだ。
 こうやって文章を書きながらも、読み返して「うーん、ここは断定的でちょっと強引な語り口かなあ」などと思うと、早速婉曲の表現を使って「のように思われる」とか、「あくまで私の意見だが」などと逃げ道を作っている。我ながら小心者の姑息な手だなあと苦笑しながらだ・・・

 はっきりと良し悪しを主張する、しかも有る意味では過激とも思われる意見を、実は私だって持っている。ただ、それをここで載せるのは・・・というためらいがそれをさせないだけなのだ。
 なぜそうしないのか?
 小心者であることももちろんだが、実はこのblogを読む人のなかには、この「ぞふぃ」という人間の正体を知っている人もいるからだ。

 「なーんだ、そんなの自分も一緒だよ」って思っていらっしゃるサイト運営者の方ってどれぐらいいらっしゃるものなのだろうか。
 私が考えるよりも多いのかな?全く誰にも知られず(それこそ家族にも知らせず)密かにサイト運営している人っていうのも少ないような気もするけど、でもちょっとした知人にまでオープンにしている人もそんなに一般的ではないのではなかろうか。

 私の場合、何人かの友人たちにこのblogの存在を教えている。理由は簡単。読者の獲得のためだ。
 立ち上げ時には私もそれこその存在を誰にも家族にすら告げずに始めたわけなのだが、それは、アクセス数もつけていないしコメントだって滅多にないこのblogのこと。続けるのがあっという間に寂しくなってしまい、夫を皮切りに何人かの友人たちにURLを知らせることとなった。このいきさつは、新米営業マンが、とりあえず自分の知り合いのところに泣きつくのにどこか似ている気がする。

 しかし、知人たちに教えれば教えるほど読者は獲得されるのだが、記事を書く際に「あ、こんなこと書くとまずいかなあ」というブレーキがかかる回数が増えていくのである。
 「へえー、こんなこと考えている人だったんだあ」とか
 「随分極端なこと思っているんだなあ」とか
 「なんかいい子ぶって偉そうなこと書いているじゃない」
 そんなふうに思われるのが怖い・・・・・・怖いのだ。

 その結果、結局反感を買いそうな意見や主張はひっこめられ、当たり障りのない意見が小奇麗に小さくまとめられて載せられることになる。
 それはなんだか、自分を少し偽っているようであまり後味の良いものではない。

 匿名で運営するblogであってもこの不安や思いは同じなのかもしれない。見知らぬ人とは言え、不特定多数の人々に対して自分の意見を真っ直ぐ押し出すことは勇気の要ることなのだから・・・批判や非難を浴びることも場合によっては覚悟しなければならないことだろう。
 では、見知らぬ人ではなく知っている人に対してそれをするのが、どうしてことさらに勇気や決意が要るのだろうか。
 多分、その知人の持っているであろう「自分のイメージ」を崩すのが怖いからなのだろう。
「 そんなひとだと思わなかった」というふうに思われることへの恐れである。

 匿名でものを書くということは、そういった「普段の自分」からの解放を意味しているのかもしれない。それぞれの事情から被らざるを得ない、その仮面からの解放だ。

 だがその魔力を自ら手放してしまった私である。
 最早あとは、人を傷つけない最大公約数の意見を婉曲の表現に包み込んで書くより他はなかろう。

 ただ・・・
 仮面から解放されるということは、ややもすると自分の言葉に対する責任からも解放されると勘違いしてしまうことに繋がりやすい。
 それに対し、名を明かしてものを書くということは、否応なくその言葉の全責任が現実の自分に覆いかぶさってくること、そしてそれに対する覚悟が常についてまわるのである。

 「自分の言葉には責任をもつという当たり前の原則、その原則を守るためのさらなる重石を自らに科した」ってことにもなるのかな・・・

 (でもその考え方には、ちょっと己を美化しすぎたきらいがあるようだが・・・)

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