« 2005年1月 | トップページ | 2005年3月 »

2005/02/28

はじめはただの「ちがい」だった

 ある日、
 あなたの隣にある一家が引っ越してきたとしよう。
 そして、それが一目でわかる異質の人たちであったとする。
 言葉も異なっていれば風習もちがう。
 このひとたちにあなたが最初に向ける目は一体どんなものなのだろうか。

 「あ、ちがうな」
 そういう「ちがいの認識」、にはじまり、
 「へぇー、へんなの」
 という「好奇」の視線にそれが変わっていく。

 さらにその一家を頼って別の家族がやって来たとしよう。
 最初の一家族が二、三と徐々にだが、確実に増えていく。
 そうなってくると、
 もはや物珍しさなどを悠長に観賞している場合ではない。
 今までの「好奇」は
 自分達が数の上で「凌駕されるかもしれない」という「不安」や「恐怖」へと変わる。
 そして、それらを払拭するためにあるひとたちは不条理な差別やいやがらせにはしるかもしれない。
 全ては新参者たちの追い出しのために、自分達の昔ながらの共同体を守るために、である。

 新参者たちとて、こうなったら我が身を守るために立ち上がらねばならない。
 しかし相手は多勢だ。
 そうなると頼るものは、ひとつしかない。
 自分ひとりが囲まれたときに身を守ってくれる、武器。

 相手が武器をもったとなれば、こちらも持たねばならぬ。
 そして武器が双方に存在し、ひとつの悲しい事故でもがありさえすれば、あとはもう転がり落ちていくしかない。

 こうして互いに「やったやられた」という憎悪の歴史は繰り返されていく。


 はじめは、「ちがうと思っていた」だけだった。

 それなのにどうしてここまできてしまったのだろう。

 
 そもそも、
 「ちがう」ということは嫌悪感を引き起こすほど、
 あってはならないものなのか?
 この多様化された時代にあっても?


 なんというか、

 ひとは「ちがい」を認識するとなんとなく不安になるもののようである。

 それまでの自分を変えろと強要されているわけでもない。
 お前のやり方は間違っていると非難されているわけでもない。

 それなのに、なぜか不安になる。
 そして不安になった自分にではなく、その不安をもたらした相手に非を求めたくなる。


 全ては己の自信のなさが原因なのか。

 いま世にある憎悪の数々は
 ひとの自信のなさのあらわれなのだろうか。


 そうだとしたら
 まずは己が生き方に確固たる自信と信念、
 それこそ「ひととの違い」を認められるぐらいの強い自信と信念、
 それを持つこと。

 案外それが、全ての解決への糸口なのかもしれない。


|

2005/02/23

春の・・・

 これから出勤しようと玄関を開けたとき、ふっと湿ったような春のにおいがした。
 早朝新聞を取りに出たときにはなかったにおいだった。

 「今日は風の強い『春の嵐』の一日となるでしょう」
 というラジオの天気予報の言葉を思い出す。

 春の嵐、か。
 同じ嵐でも「冬の嵐」とは全く違う。

 「春の嵐」
 「夏の嵐」
 「秋の嵐」
 「冬の嵐」

 並べられた季節の名前には、
 それごとに気温を超えたなにかがあるのに気付く。

 今度は「嵐」を「旅」に置き換えてみよう。
 「春の旅」
 「夏の旅」
 「秋の旅」
 「冬の旅」

 夏、冬の旅が人生やドラマを感じさせるのに対し、
 春や秋はなんだかバス旅行の広告のようだ。
 はっきりくっきりした季節とちがい、中間のぼんやりしたところでは劇的展開は望めないといったところか。

 それからそれから・・・

 「春のおとずれ」
 「夏のおとずれ」
 「秋のおとずれ」
 「冬のおとずれ」

 「春の声」
 「夏の声」
 「秋の声」
 「冬の声」

 「春のひと」
 「夏のひと」
 「秋のひと」
 「冬のひと」

 最後にちょっとお約束という感じで・・・
 「春のソナタ」
 「夏のソナタ」
 「秋のソナタ」
 「冬のソナタ」


 
 さて、
 あなたのこころにはどんな情景やストーリーが浮かびましたか?


 こんな「ことばあそび」からも

 「四季のある世界に生まれて本当に良かった」と

 そんなことをつくづく思います。

|

2005/02/18

身分違いの恋のゆくえ

 映画「きみに読む物語」が好評とのこと。
 またも純愛映画か・・・と思っていたところ、 昨日、新聞の映画紹介の記事にてこの映画が
 「富豪の令嬢と貧しき青年の恋物語」
 であることを知った。

 うーん、身分違いの恋なのね。
 ちょっとそのありがちな設定に、更に興ざめ気味になる。

 もちろん、この映画の「ウリ」は、
 そのような描き尽くされた感のある「身分違いの恋」ではない。
 痴呆症により80歳の現在、その輝かしく美しい恋の記憶の全てを失った女性。
 そしてその彼女に対するこれまた年老いた恋人の「献身的な至高の愛」がメインテーマなのだ。
 数々の苦難を乗り越えて結ばれた(のかどうか映画自体を観ていないのでわからないが)ふたりが、病魔や老いというまた別の苦難を課せられる。
 それを乗り越えていくさまが、ひとびとの感動を誘うのだろう。
 (実際映画寄せられる感想も、この年老いた恋人たちのシーンへの賞賛の声が多いようだ。)

 さて、
 「富豪の令嬢と貧しき青年の恋」
 という言葉から私が思い出したのは、この美しい愛の物語とは全く違った映画であった。

 それは、「華麗なるギャツビー」
 この映画を観終わったときの後味の悪さは、20年近く経った今でもよく覚えている。

 恋には愛の高みにまで昇るものもあるが、そこには行き着かず、ただの若き日の思い出で終わってしまうものも多い。
 そんな恋でも、双方が同じように「若き日の思い出」として終わっていれば問題はないが、一方にとってそれが永遠の愛であったとき、悲劇はおこる。

 若かった私は、ミア・ファロー演じるヒロイン、デイジーを絶対赦せないと思った。
 そんな彼女を愛したギャツビーが憐れだった。

 砂を咬むような気分。
 そんな気分を味合ったこの映画だが、20年後の今思うのは
 「後味の良い映画だけがいい映画とは限らない」
 ということ。


 我が家では、
 夫は「きみに読む物語」のDVD化されるのを心待ちにしているようだ。
 そんな彼を尻目に私はもう一度「華麗なるギャツビー」を見直してみたい気分になっている。

 やはり男性のほうがロマンチストなのかな・・・

 ギャツビーとデイジーの物語を、とやかく言えたものではない。

| | コメント (8) | トラックバック (2)

2005/02/14

愛しているなんてとても言えない

 「自分のパートナーに最近、『愛している』と言っていますか?」

 とある集まりで配られたプリントの中にこんな質問が載っていた。
 当然出席者からは、「いやだあー」という照れ笑いの声が沸き起こる。

 「愛している」
 これほど目にすることが多いのにもかかわらず、口にすることが少ない言葉も珍しい。
 そういう意味で、この言葉は『話し言葉』ではないのかもしれない、
 そんなことをその照れ笑いの渦の中で私は考えていた。

 「『愛』という字がこの日本で一般的に使われるようになったのは比較的最近のこと」、
 そんな記事を昔読んだことがあった。
 時は文明開化のころのこと。
 怒涛のように流れ込んでくる西洋思想の数々、
 その根底をなすキリスト教のloveを表すのに適した言葉がその頃の日本にはなかったからだ、というのだ。

 そこで白羽の矢が当たったのが「愛」だという。
 だが、どうして「愛」が選ばれたのかに関しては、どうもよく覚えていない。
 覚えているのは、それまでの「愛」という言葉の日本における使われ方について書かれていたということ。
 それは、どちらかと言うと聖職者たちが絶ち切らねばならない愛欲のような意味合いが強く、ネガティブな色合いが濃かったそうだ。

 そのような言葉がloveの訳語として選ばれたのは、多分中国での先例に倣ったからなのかもしれない。
 そういえば、「アイ」という読み方も音読み(大陸から伝わった読み)である。
 「愛」の訓読み(日本に古来存在するヤマトコトバによる読み)を辞書で調べてみると、「メでる」「マナむすめ」「オ(ヲ)しむ」「イトしい」などの可愛がるといった意味の言葉が並んでいる。
 いずれも現在の常用漢字表には載っていない読み方で、それだけ一般的ではないということなのだろう。

 やはり、「愛」とはloveの訳語として新しく取り入れられた、大陸からの外来語であったのかも・・・
 

 その外来語「愛」は、明治から100年以上経った今日、完全に日本語に定着した。
 しかし、その使われ方は未だ「話し言葉」としては定着していない。

 「そもそも、その感情の対象が『世界』から『恋人』そして『ペット』に至るいつくしみの気持をだよ、
 ひとつの言葉で表すということ自体日本人には思いもよらないことなのかもしれないなあ。」

 「でも、『愛』なんていう大仰な言葉を使わなくても、ペットであれ世界であれ恋人であれ『大切に思う』ということが、『愛する』ことなんだよ。
 『愛している』なんて言葉は気恥ずかしくてとても言えないとしても、『大切だよ』ぐらい言えるんじゃない?」

 「いやいや、たとえ『大切に思っているよ』という言葉でもそういう感情を言葉で表すことが苦手なのが、日本人なんだ。
 大体、『思っている』ことはなかなか『口には出さない』のが当然だった時代が長すぎたよ。
 それがここにきて、急に『甘い言葉のひとつもささやけないようでは』なんて言われても、特に世の男性たちが戸惑うのも無理はないことじゃないか」


 そんな自問自答は置いておくとして、
 さて、
 多くの人同様に、私も頭で思い描いたり文字に書いたりはしても、「愛している」という言葉を口に出したことはない。

 愛を告げるのだとしても、使うのはもっぱら「好き」という言葉。
 「好き」・・・
 シンプルでいい言葉だ。


 今日は恋人達がお互いの愛を告げあうという、バレンタインデーである。
 今宵の恋人達も、そのくちびるからこぼれ出るのは、
 堅苦しい
 「愛している」ではなくて、
 単純で、だがそれだからこそ深みのある、

 「好き」

 そちらのほうが圧倒的に多い、
 と私は思っているのだが、
 皆さんはいかが・・・?


| | コメント (2) | トラックバック (1)

2005/02/09

決戦は今夜!

 ゴールキーパーは、相手フォワードに完全に抜かれてしまった。
今やゴールは無人状態。
万事休す!失点は免れないものと、脇で応援していた私たち女子は悲鳴をあげる。
しかし、ひとりのディフェンダーが果敢にもそのシュートをゴールぎりぎりでクリアしたのだ。
当時まるでサッカーのルールなど知らなかった私だから、キーパーでなくともゴールを守れることへの驚き、そして手を使わずに巧みな足裁きでキーパー以上の役割を果たしたその勇姿に、おもわずぽーっとしてしまったことが今も鮮明に思い出される。

 ・・・それは高校時代の球技大会のことだった。


 そんな昔話をひっぱってきてなんだろうと思われたことだろうが、つまりど素人の私ですら夢中になるような魅力がサッカーにはあるということを言いたかったのである。
 実際、サッカーという競技は本当に格好がいい。
スピードといいテクニックといい、ヒーローを生み出す要素にあふれている。
(多くのシーンで選手の動きが止まっている野球とはそこが違い、サッカーは観る者全てを熱狂の渦に巻き込まずにはいられないようだ。)
 だいたい、一生懸命走っている姿だけでなんだか多感な女子高校生はじーんときてしまったりするのだ。クラスの栄光(ちょっとオーバーか?)を背負って隣のクラスと戦ったりされるともうこれは目がハートになってしまうのも無理なかろう。

 私はスポーツ全般についてまるで不器用でなにをやらせてもだめだった。
 従って当然観るほうも興味なく、友達の格好いいと言うプロスポーツ選手を教えてもらっても「へえー」ってなものであった。
 しかし、Jリーグ開幕以降のサッカー人気の定着により、サッカーの選手に関してはそれが例外となりつつあるようだ。顔がいいとかファッションがおしゃれだなどというのを超えて、競技場のピッチを走る姿、それだけで十分彼らは格好いい。その勇姿を見ると、あの高校のとき胸の高鳴りが再び蘇るほどだ。

 今夜、ワールドカップドイツ大会への切符を賭けて日本代表チームは北朝鮮と戦う。
 相手が北朝鮮といういわくつきの相手であるがゆえに、「純粋にスポーツとして楽しめるか?」という一抹の不安はあるが。
 それでも、やっぱり今日の7:30のキックオフには、子供と3人テレビの前に座って日本代表を応援する私たちがいることだろう。

 娘とは、「選手のなかで誰が1番カッコイイと思う?」
 なんて話がそろそろ出来るかな、
 なぁーんて楽しみにしている私は、やっぱりミーハーの域を出てはいないのだが・・・

|

2005/02/04

若さゆえに揺れる

 駅前の自転車置き場に私は自転車を置こうとしていた。整理係の初老の男性が私に声をかける。
 「奥さん、こっち、こっちに置いてよ。」
 ごく普通の日常のひとこまである。
 ただ、私にとってこの情景がのちのちまで心に残ることになった理由ひとつしかない。
 それは、そのとき私がまだ高校生だったことだ。

 「奥さんに見える女子高校生」

 これはその当時の私には少なからずショックだった。
 このことを自分の母親に愚痴交じりに打ち明けると、母は
 「若いときから老けている人間は、大人になっても年をとらないものだよ」
 とあまり慰めにならないようなことを言って、慰めてくれたのを思い出す。

 若さ。
 それに対して私があまり価値を認めないようになったのは、多分こんなほろ苦い思い出があったからかもしれない。

 「若かろうが、年老いてこようが、人間そんなにかわるものじゃあない。
 実際小学生の母親になった今の自分と、中学生の思春期真っ盛りのころの自分とが、内面的に見てそれほど違っているとも思えないじゃないか。」
 そんなふうにずーっと私は思ってきていた。

 しかし、最近になって若いひとたちの文章を目にするにあたってその考えがちょっと変わった気がする。
 例を挙げて言うなら、このblogのリンク集にあるかりんこさんの「誰がためにかりんは鳴る」というエッセイ。
 これを読むようになって、
 「ああ、若いなあ、若いってこういうことだったのだなあ」
 などと自分が知らず知らず失っていた何かを意識させられるようなってきた。

 それは多分、先行きの不確実なゆえの不安であり、もがきであり、だからこその可能性という輝きなのだろう。
 森田光一とトップギャランの「青春時代」で歌われるように、それは過ぎてみないとわからない・・・
 (古すぎてわからない方すみません)

 エッセイのなかで、
 「・・・簡単に泣かない大人になりたい、といつまで思って生きるのだろう」
 とかりんこさんはおっしゃる。
 「○○な××になりたい」なんてこのまえに思ったのは一体いつだったかなあ。

 だからといって
 また10代や20代に戻りたいなんて気はさらさらないけれど、
 またかつて思った
 「自分の人生は年を重ねるごとにどんどんよくなる法華の太鼓(ほっけのたいこ)だ」
 という信念を変える気だってさらさらないのだけれど、

 それでも
 やっぱり時は過ぎていたのだなあ・・・

 そんなことをしみじみ思う、冬の午後だ。


|

« 2005年1月 | トップページ | 2005年3月 »