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2005/03/28

春分後最初の満月の次の日曜日

 うららかな暖かい春の日曜日。
 昨日の東京地方はそんなおだやかな一日であった。
 子供たちも春休みに入った。
 何とは無しに解放的でくつろいだ気分が我が家にも満ちていた。

 しかし、この日曜日はそれだけの、ただの普通のおだやかな日曜日ではなかった。

 春分の日のあと、最初の満月がきた次の日曜日。
 すなわち復活祭(イースター)の日曜日だったのだ。

 イースターとはクリスマスと並ぶキリスト教の大きなお祭りだ。
 そもそも、自らの死によりひとびとの罪をあがない、
 その死よりの復活によりこの世を救われた、救世主イエス。
 十字架の死とそこからの復活はキリスト教の根源をなす最も重要なる出来事である。
 したがってそれを祝う復活祭もクリスマス以上に意味のあるキリスト教最大の祝祭のはず・・・

 しかし、である。
 クリスマスにはもちろん大騒ぎをする日本において、
 この復活祭がスポットライトを浴びることはほとんどない。
 クリスマスがプレゼントとサンタの日であるのに対し、復活祭は「うさぎが卵をもってやってくる」程度の逸話しかないし、(卵業者には少しはビジネスチャンスになるかもしれないが・・・)
 それに死人が墓から蘇るなんて信者でもなければ到底信じられないような話が嫌がおうにも迫ってくる(死よりの『復活』の祭りなワケですから・・・)。

 どうも復活祭というものはクリスマスに比べると地味である感は否めない。
 それは非キリスト教国の日本だからなのかとも思うが、キリスト教国である欧米においても程度の差こそあれ同じなのではなかろうか。
 キリスト教保守派が大統領の大きな支持基盤である、かのアメリカにおいてすらクリスマスよりイースターが盛大に祝われているという印象はないのだから。
 (もっとも私はアメリカに住んだことがないのでこれはあくまで日本からみた印象に過ぎないのかもしれないのだけれど)

 それは多分復活祭が、無邪気に祝うにはあまりに重代なテーマを抱えているせいのように思われるがどうだろう。
 もともとヨーロッパの冬至の祭りと結びついたクリスマスが、
 民俗的祭りの色彩を濃く残して理屈抜きで楽しもう祝おうという姿勢であるのに対し、
 人類の罪を背負って死んだ救世主の復活を祝うイースターは、少なくとも「楽しむ」という性格のものではない。
 むしろ、「喜び感謝する」というところだろう。
 信仰心のないところにその種の祝祭がないのは当然のことなのかもしれない。
 それは異教の地である日本ではもちろんのこと、
 例えキリスト教国においてでも、
 信仰が形骸化し形式化したようなひとびとにとっては同じことが言えるのではなかろうか。


 さて、
 昨日が復活祭であったこと、
 そのことに気付かれた方はどの程度いらっしゃったことだろうか。

 もちろん私自身も昨日の一日中、テレビからもラジオからもこの言葉を一度たりと聞くことはなかった。
 「やはり日本はキリスト教とはやはり縁遠い国なのだなあ」と今更ながら実感させられる。
 いやいや、お彼岸ですらその宗教色が失われ、
 ただの休日として認識されているご時勢だもの。
 なにもキリスト教に限った話ではないのかもしれない。


 心が渇いて
 疲れきったひとは多いはずなのに、ね・・・

 それでは、
 その疲れを癒す役目は
 今一体何にゆだねられているのだろうか。

 昨日の午前中は、
 そんなことを考えながら復活祭礼拝に出席した私だった。
 しかし午後には、家族で近所へお弁当をもってかなり遅い梅の花見へ。

 結局いつもと同じ
 楽しい休日を過ごしただけの一日だったようである。
 


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2005/03/23

果てしないが閉じられた存在

 「・・・宇宙に『限り』ってあるんですか?」

 「その質問については現時点では、こうお答えするしかないですね。
 例えば宇宙のどこか遠くに行ったとして、そこがどの地点であったとしても
 『そこが宇宙の中心でそこから宇宙は広がっている』
 こう説明するより他にはないのです。」

 この会話はとある番組の中で耳にしたものだ。
 質問者はその番組の司会者、回答者は、名前は忘れたがその手の学問では名のある学者なのだろう。

 「どこまで行ってもそこが中心、そしてそこから広がっている」

 なんだか、どこかで聞いたような聞かないような、知っているような知らないような・・・
 そう考えてみて、はたと気付いた。
 そうだ、これは「球」の表面と同じではないか。

 その昔、
 まだ地球が丸い球体だということが知られていなかった頃、
 海の向こうには世界の果てがあって、
 そこには巨大な崖っぷちがあると人々は信じていた。
 そしてその崖っぷちの先には何もかも飲み込んでしまうような深い深い奈落の底があり、そこにザアザアと海の水は流れ込んでいく。
 そこまで行き着いた船が戻ってくることなどということは到底ありえない。
 その恐ろしい「世界の果て」に人々はどんなに恐怖を抱いたことであろう。

 しかし現実はちがっていた。
 世界に果てはなかった。
 少なくとも平面としての果てはなかったのだ。
 地球は球であり、
 球体の表面は、例えどこまで行ってもそこが中心である。
 そしてそこから、まさに世界は広がっている。

 では宇宙もそうなのだろうか?
 先ほどの科学者の言葉のとおりだとすれば、
 宇宙にもまた「果て」はないようである。
 では無限なのか?
 それとも球の表面のように「果てしないが閉じられた」存在なのだろうか?

 三次元の認識しか持てない我々には理解しがたいが、
 空間にも「果てしないが限りある閉じられたもの」が存在するのかもしれない。

 「それが案外『宇宙のかたち』なのかもしれないなあ」
 などと何の知識もない私は無責任に考えたりする。
 それって一体どんなかたちなのだろうか、
 と思いをはせるのだ。

 ところで、宇宙はビックバン以来拡大を続けているというが、
 その速度は光の速度を遥かに超える高速だそうである。
 つまり光を頼りに観測を続けている我々には、
 その拡大を理論上計算することは出来ても、
 実際に観測するということは到底出来ないことのようである。
 そうなると、今のところは
 「宇宙は限りがあろうがなかろうが知る由もない」
 といったところに落ち着いてしまうのも仕方ないことなのだろう。

 ではせめて、
 「果てしないが限りある閉じられた」宇宙のかたちでも想像しながら、
 夕飯でもつくることにしようか。

 もちろん、
 想像に夢中になりすぎて
 料理を焦がしたりしない程度に、だが・・・

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2005/03/15

軋轢は「避けるべきもの」なのか

 日々のニュースをみていると、意見が賛否両論に分かれそうなものに出くわすときがある。
 最近の例で言うなら、ニッポン放送の株買取をめぐってのライブドアとフジテレビの攻防とか。

 そんなとき、「世のひとびとは一体どんな風に思っているのか」ということにとても興味をもつが、その場合blogはとても便利な代物だ。
 早速キーワードで検索しそれについての記事が書かれているblogを覗いてみる。
 すると自分と同じ意見のを書いているものにぶつかることは以外と少ない。
 結果、案外自分の意見は少数派なのかなあ、などと寂しい思いをしたりする。

 だからといって、自分と異なる意見のサイトに対し、ことさら「あなたの考えはちょっと違っているのでは?私はこう思いますよ」などとコメントをつけたりすることはない。
 そんなことをしたところで、相手の感情を害するだけだと思われるから・・・

 他のひとたちも、多分私と同じ意見なのだろう。
 だからそのような記事に寄せられるコメントは大抵、
 「そのとおり、自分も同意見です!」とか
 「よくぞ言ってくれました、全くその通りですね」という、賛成意見である。

 そうなってくると余計に反対意見はコメントしにくくなる。
 多勢に無勢では勝算はみこめない。
 実際、たまにそのような渦中に切り込んでいく勇気あるひとを見かけるが、なかなか自分の主張を受け入れてもらうことはないようだ。

 「反対意見を書き込まれたほうだっていい気分はしないだろうしな・・・」と、
 結局反対意見はぐっと飲み込んで、そのサイトを去る。
 それでも割り切れない思いが残るときは、自分と同意見のサイトを求めてまたも検索の旅に出ることもあるだろう。
 そういうサイトを見つけることで、心に残ったもやもやを解消するために、だ。

 blogに限ったことではないが、日本人は未だ論戦を好まないひとたちだ、と思われるがいかがだろうか。
 最近は、日本でも海外のように討論が盛んになりその手の番組も花盛り。
 一般の人々もインターネット等で自由に意見を交わしあっているかのように見受けられる。
 でもやっぱり、そのひとの意見を否定することは、その人の人格までも否定することに繋がるかのような感覚に襲われ、言葉を飲み込んで終わってしまうことが一般には多いような気がする。

 これについて以前、面白い記事を読んだことがあった。

 それは日本語「申し訳ありませんが」と英語”Excuse me”の相違点について述べられたものだった。
 一見同じような場面で使われる言葉だか、この言葉の背景には日本文化と欧米文化の大きな違いが見られるというのである。

 「申し訳ない」とは、そもそも「申し開きのしようがない」ということ、言い訳をすることの放棄を意味している。
 「あなたもいろいろ言いたいことがあるでしょうが、私にだって理由があるのです。でもそんなことここでごちゃごちゃ言ったところでお互い不愉快な思いをするだけでしょう?だから私は言い訳はしません。それに免じて勘弁しといてくださいよ」
 それが日本語の「申し訳ない」なのだそうだ。

 それに対して”Excuse me”のexcuseには、「正当化する」「言い訳になる」という意味があり、その意味で直訳してしまえば”Excuse me”は「私を正当化しなさい」ということになるのだろうか。
 もちろん何の弁明もなく「正当化しろ」ということでは通らない。
 だからこれから理由を説明するから、それを聞いたうえで正当化してくれということなのだそうで、「言い訳をさせてくれ」ということに繋がっていくらしい。
 つまり”Excuse me”という言葉は、自己の立場を主張し説明し納得させる行為を前提としており、そういった行為による軋轢を回避した日本語の「申し訳ない」とはまるで反対の言葉と言えるのだ。

 どちらがいいのか?というのはそれこそ不毛な論争であろう。
 文化の違いはその優劣ではないのだから。
 (日本人の争いを好まぬ姿勢だって争いの渦を潜り抜けてきた結果導き出された結論だったのかもしれない。この世界の中で、ことさら日本人だけが先天的に意気地ナシであったはずはないではないか。)
 ただ言えることは、日本と違い、欧米を初めとする海外では「自己の意見や立場を表明することにより生ずる諍いは、避けるべきもの」とは認識されていないということだ。

 話をblogにもどそう。

 どうも日本のblogが、
 自己主張のツールよりは仲間作りのツールとしての色彩が濃い原因は、そこにあるような気がしてならない。

 もちろん、常に反論のコメントを恐れているこの私のサイトたる、
 わがblogも例外ではないのだが。


 こんなことから、いつも思い浮かぶのは「海外のblogのありかたも日本ようなものなのだろうか」ということである。

 海外のblogは自分の考え主張の発信ツールとしての位置づけが日本のそれ以上に明確らしい。

 活発に政治的、社会的を意見が取り交わされている海外blogも、そのありようは日本のように基本的にお互い似通った意見の者同士展開していることが多いのだろうか?

 それとも賛否両論入り乱れ、カンカンガクガクの論争が繰り広げられているのがろうか。

 もしも、
 海外のblog事情に精通した方がいらしたら、
 是非お知らせいただきたいものである。

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2005/03/09

闇を抱えて生きる人々

 結婚してすぐ住んだ街は、私たちには身の程知らずなほどの高級住宅街であった。
 もちろん私たちの部屋は、その高級住宅街には不似合いな古い古い木造アパートの部屋であり、その街の住人と名乗るのもおこがましいものであったが。

 高台にあったそのアパート。ベランダからはお隣の邸宅の美しく手入れされた庭が申し訳ないほどよく望めた。
 ご主人であろう年配の男性が頻繁に芝刈り機で芝を刈っていた様子が思い出される。初めてその様子を目にしたとき、「芝刈り機で芝を刈るなんて、アメリカ人のお金持ちみたいだ」なんてことを思ったものだった。

 そんなある夜、私たちが夫婦でテレビを観ていたときのことだった。
 それは外国のテレビ局制作の第二次大戦がテーマのドキュメンタリー番組だった。
 ある元日本軍人が自分の中国での体験を語るシーン。
 その元日本軍人を見た私たちふたりは同時に「あれっ」と思った。
 その方はどうもお隣のご主人へのようなのだ。
 紹介された名前も表札に出ていたとおりだし、背格好がその芝刈り氏にとても似ている。

 実はお隣さんの顔を拝見したことはない。
 だから名前は偶然の一致なのかもしれないし、似ているだけの全くの別人だということもあり得る。
 そうだとしたらとても失礼にあたるのかもしれないが、私たちはふたりして「きっとそうだよ」と意見が一致してしまった。


 元軍人の男性の話は中国人たちへの壮絶な仕打ちに終始していた。
 淡々と語る彼。
 しかし最後になって
 「夜中ふっと目覚めるとき、
 自分の大陸でのおこないを思い出し、
 自分を見つめる中国の人々の目を思い出し、
 その恐ろしさに見も毛もよだつ思いがする」
 とうっすらと目を潤ませた。

 続いてみていると、
 もうひとり別の日本人が登場。
 それは、昭和20年3月10日の東京大空襲で3人の子供をいちどきに失った女性であった。

 背に赤ん坊を背負い両手にふたりの子供の手をつないで、彼女は炎の中を逃げまどう。
 熱さから逃れるための芋洗い状態の川へと辿り着いた彼女は、既に背中の赤ん坊も、手をつないでいた片方の子も死んでいるのを知っていた。
 死んだ子供。
 「真っ白になって、もうお人形さん、ですね」、と彼女は言っていた。
 そして最後に残ったもうひとりの子供も、
 母の与えた川の水を一口飲んでそのまま動かなくなった。

 最後に彼女が言った言葉。
 「終戦のとき、
 それならどうしてあの子たちは死なねばならなかったのだろう、と
 あの戦争は一体なんだったんだろう、と
 そのことが口惜しくて・・・」

 毎年3月10日が近づくと、私はこのドキュメンタリー番組のふたりを思い出す。

 ひょっとしたら私たちの隣で、深夜その贅沢なベットの上で心の闇に苦しんでいたかもしれないひとと、戦争で全てを失ってそれでも生きて、生き続けていかざるをえなかったひと。

 どちらがどれだけ不幸か、などという話は存在しない。

 ただあるのは、
 計り知れないほど重さを抱えてもひとは生きていかねばならない
 その事実だけである。


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2005/03/04

「友が皆我より偉く見ゆる日よ」

 涙があふれ出そうな文章に出会うことがある。
 もちろん悲しいということではない。
 その文章がかもしだす何かに、感極まっての涙だ。

 そのたびに、「こんな文章が書けたらどんなにいいだろう」という思いがふつふつと湧いてくる。
 だが、その願いはなんとも虚しいものなのだ。

 例えば先ほどの涙があふれ出そうな文章。
 同じような主張、幼き思い出、日々のちょっとした思索など、その内容自体は似たようなものは数多く存在する。
 その中で、なぜその文章だけがこんなにも心に沁みるのだろう?


 ひとが感動するのは、「その文章の内容に」というよりも「その書き手の感性に」であることが多い。
 だが、感性とは真似ようと思って出来るようなものでもない。
 服や髪型を真似することが出来ても顔や骨格を真似することが出来ないように、感性もまた個性であって借り物はしょせん借り物でしかない。
 読む側にもそれは瞬時に伝わってしまう。

 結局、
 自分は自分の文章を書くしかないのだ。

 この現実に愕然となる私。

 ここで最初の
 「こんな文章が書けたらどんなにいいだろう」という願いに戻る。

 「虚しいその願いを持たないように」というには、
 自分はまだまだ青臭すぎる。
 「己が感性を自分なりに磨けばよい」というには、
 そのあまりの正論さにくじける思いだ。


 「友が皆 我より偉く見ゆる日よ 花を買いきて 妻と親しむ  啄木」

 せめて、
 嘆いてもがき苦しんでいる自分も好きになってやる、

 そんなことでも目指してみようか。


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