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2005/05/31

あなたを好きで一緒になるけど・・・

 「夫婦別姓」っていうものがありますよね。

 日本ではまだ合法的には認められていないけれど、
 法律的にも婚姻をした夫婦が戸籍上も別の姓を名乗ること、
 ということでしょうか。

 私自身は結婚してすぐ夫の姓を名乗るようになり、別段のそのことに抵抗もなかったのですが、世間ではそのことにかなりのこだわりや抵抗感を持っているひとも多いようです。
 自分の結婚前の姓を名乗り続けるために敢えて、法的婚姻をせず、事実婚を選んだりとか。

 別姓を選んだひとたちの理由を尋ねてみると、
 仕事を続けるに際して名前が変わると様々な弊害が出るからとか、
 女性だけが慣例として男性の姓を名乗ることへの抵抗感とか。

 営業職のように仕事上多くのひとと関わるひとなどは、会う人会う人にいちいち名前が変わったことを報告し、そのたびにさほど親しくもない人から驚かれたりお祝いを言われたり。
 そりゃ最初のひとつきぐらいなら新鮮でいいかもしれませんが、何ヶ月もにわたったりすると確かにうんざりするかも。
 プライベートなことにまでつっこんでくるひととかいたりして、
 「あーあ、こんなことなら、結婚したことなんて言うんじゃなかった」
 と新しい姓をうらめしく思うのもうなずけますね。

 ただ、私自身は営業職でもなかったので、
 職場での改姓にさほどの不便さやトラブルにも巻き込まれることもありませんでした。
 まだ若い20代の未婚のころなど、
 正直どうしてそんなに結婚前の姓にこだわるのか不思議に思っていたくらいです。

 そんなとき、ある女性作家の夫婦別姓についてのこんな文章を読み、まさに目から鱗が落ちた気がしたのを今でもはっきり覚えています。

 それは、
 「別姓を求めるということは、相手の家に入ることを拒絶すること、
 もっと端的に言えば、相手の両親や一族との付き合いに一線を隔したいという意思の表れではなかろうか」
 という内容のものでした。

 結構過激なご意見ではありませんか?
 別姓を信望している多くのひとたちには、
 「そんな低俗で自己中心的な考えで私たちは別姓を推進しようとしているのではない!」
 とお叱りを受けてしまいそうな、ね。

 でもこれを読んだとき、私にはそれこそが別姓を求める最も納得いく理由のように感じられたのでした。

 「アナタ ヲ スキ デ イッショ ニ ナルノデ アッテ、
 アナタ ノ オヤ キョウダイ ハ ベツ ナノデス!」

 多分皆薄々は思っており、
 相手もそうであろうこともこれまた薄々気付いている。
 でもそれを口に出して言ってしまうにはあまりに身も蓋もない、
 そんな言葉が浮かんできます。


 実は、明治になり国民全てに姓というものが許されたとき、
 既婚女性の姓をどうするかについての議論がその当時も行われたのだそうですよ。
 中国や朝鮮のように結婚後も改姓することなく、生まれた家の姓を名乗り続けるのか、
 または欧米風に夫の姓を名乗ることするのか。

 そのとき、多くの女性達は「夫と同じ姓を名乗ること」を希望したのだと、
 テレビの番組か何かで聞いた気がします。
 「それでなくとも、ヨソモノ扱いで肩身の狭い思いをしがちな当時のお嫁さんたちは、せめて苗字ぐらいだけでも同じにしてもらって夫の家族との一体感を得たかったようですね。」
 そのようなコメントが付けられていました。

 時は流れて、
 生きるために必死でそこの家に入り込み馴染もうとしていた女性達でしたが、
 もうそんなにまでして努力をする必要もなくなったのでしょうか。

 「夫婦別姓」が議論されるとは、
 相手の親兄弟・親族に頼らずとも、ふたりだけで自分達の新しい家庭が築ける、
 そんな時代が到来したことの表れなのかもしれませんね。

 でも、
 その文章は
 こんなふうに終わっていたように記憶しています。

 「『そこの家の姓を名乗らぬことでその家族とのシガラミから逃れられる』
 というのは単なる錯覚に過ぎないことに
 やがて皆気が付くはず。
 人と人との結びつきとは
 そんなに単純にはいかないものなのだから・・・」


 確かに・・・ 

 姓が違っているぐらいで、
 相手の家族との付き合いが希薄でよいとされるなんて、
 そんなに簡単なものでは
 ないですよね。


 それに

 シガラミとは、
 重くうっとうしいものでもありますが

 それが全くない人生もまた、
 どんなものだろう、と

 そんな気もしてきます。

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2005/05/26

恋の勝利者

 「結婚するということは、それまでその結婚相手が過去付き合ってきた数々の見知らぬライバルたちに勝利すること、なんだって!」
 そう目を輝かしながら、友人は私に語ってくれた。
 その彼女は当時、社内で人気№1と言ってもいいモテモテ君を「意中のひと」にしていたのだが、なかなかいい線までいっていたらしく、彼女的には過去のライバルたちに勝利する日を大いに夢見ていたらしい。

 そう言えば、別の友人に結婚相手を紹介されたときも、
 その婚約者殿は
 「いやあ、今までいろんな女性に出会ったけれども、こんなに大切にしたいと思ったひとはいないですね」
 と友人のことを評ししていた。
 なかなかのアツアツぶりであった。

 (ほお、そうなのか。
 結婚まで行き着くというのは、
 かくも難関を乗り越えて結ばれるふたりであるのか。
 今現在の他のひとだけではなく、過去のひとびとと比べても
 「このひとこそ最高!」と思うひとだからこそ結婚したいと思うわけなのだな。)
 そんなことを
 まだ結婚はおろか付き合う経験すら乏しい私は考えたものだった。

 それから月日が流れて、
 私にも結婚という言葉が現実の響きをもつ、そんな日が訪れた。

 「結婚するということは、それまでその結婚相手が過去付き合ってきた数々の見知らぬライバルたちに勝利すること」
 「今までいろんな女性に出会ったけれども、こんなに大切にしたいと思ったひとはいない」

 このふたつの言葉が頭の中にこびりついていた私は、
 婚約中という自分としては最高に輝ける日々に、
 相手にこう尋ねたことがあった。

 「・・・どれぐらい、好きなの?」

 ううっ、今思うとかなり恥ずかしい。
 いかにも、結婚間近の浮かれまくった女の問いそうなことである。

 しかし、それに対する答えは私を少なからず落胆させるものだった。

 「いっぱい好きだよ」


 いっぱい 好き

 「誰よりも」という相対評価ではなく、「いっぱい」という絶対評価。
 それが、彼の答えであった。

 考えてみれば、確かに「どれぐらい?」と問われれば「いっぱい」とか「ちょっと」とかそういう答えが返ってくるものなのかもしれない。
 私だってそう問われれば、そういう答え方をするかもしれない。

 それに、この手の問いには
 問う側の思い入れに100%応じられるような答えが返ってくるってなかなかないのだろう。
 いつの世も
 求めるほうが、求められるほうより貪欲なものなのだから。

 さらに加えて、
 このひとが全く「何かを他と比べる」ということをほとんどしない人間であることを当時の私はまだ知らなかった。
 これは彼の美徳のひとつなのだが、
 このときばかりはその美徳を賞賛する気にはなれなかった。
 かくも俗人の私であったのだ。

 思い切り空振りした・・・ってかんじ。

 それが今も鮮明に残っている、
 昔の他愛のない思い出、である。

 しかし、
 「いっぱい」などと可愛らしい言葉を、彼もよく使ったものだ。

 今となっては、私のその「がっかり」は遥かに遠のき、
 一生懸命考えてその言葉を思いつき口にした彼の姿に、微笑ましい気さえするのだが。


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2005/05/25

最後の砦

 それは、まだ子供がおなかにいたときのこと。

 区の保健所で母親学級というのがやっていて、そこに参加したことがあった。
 何をやるのかというと、ゴムでできた50cmで3キロの赤ちゃん人形を相手にお風呂に入れる練習をしたりオムツを替える練習したり、あとは離乳食の作り方進め方などの説明をされたりと、そんなことだった。

 そのとき今更ながら気が付いたことなのだが、赤ん坊というものは本当に裸で何も持たず何も知らずに生まれてくるのだな、と。
 そしてそれを迎え入れるこちら側は、というとまるで赤ん坊のことを何も知らない。
 ちょっと愕然とした。

 不思議なことに、紙オムツなどそれまで見たこともないような人間が、子供を産むという行為によって当たり前のように育児のプロフェッショナル並みの能力を要求され、そしてそれを曲がりなりにもこなしている。
 多くのひとが皆やっていることとはいえ、スゴイことだ。
 「そりゃあそうよ、それをやらなきゃせっかく授かった命にかかわることだってあるのだもの、できないなんて言っちゃいられないでしょ。」
 全くもってそのとおり。
 差し迫った状況ほど人間の能力を高めるものはない。

 以前友人から聞いた話なのだが、
 初めての赤ん坊が生まれて、それこそ毎日てんてこまいの女性がご夫君に
 「ちょっと赤ちゃんの世話をしてよ」と頼んだのだところ、
 「ぼくは赤ん坊のことを何も知らないからできない」
 と言われてしまったのだそうだ。
 それを聞いた奥さんは、
 「私だって子供を育てるのなんて初めてでわからないことだらけなのに・・・!」と憤懣やるかたない思いをしたという話。

 これを聞いたとき、大いに
 「そうだよ、そうだよ!!」と思ったものだった。
 初心者であることは母親も父親も変わりはない。
 それなのに、何故育児に関しては母親のほうがその担当者であり最終責任者になってしまうのだろうか。

 授乳するから?
 母性があるから?
 赤ちゃんは硬い男の人の皮膚より柔らかい女の人の皮膚のほうを好むから?

 いやいや、そのほかにも
 母親が「赤ん坊を守る最後の砦」になる合理的な理由はもっともっとあることだろう。
 でも結局のところ
 「生んだ人間こそが、それをやるのが一番だ」
 と自分をも含めた周りがそう考えていることが最大の理由なのではなかろうか。

 さていずれにせよ、この「最後の砦」という称号は私にとってはひどく重いものであった。
 それまでの人生において何かの「最後の砦」になったことなんて一度もなかったし、それもいきなり生死にかかわる重大事項なわけだもの。
 そりゃ、ビビる。

 でも、
 薄い皮が一枚一枚それを覆っていくように、
 最初はヤワだった砦も
 いつの間のかヒトカドの代物へと変っていったのだろうか。

 
 「女は弱し、されど母は強し」。
 
 「最後の砦」だもの、
 泣いてなんかいられない、

 そういうことのようである。
 
 実は、”Urayasu Unlimited”というサイトを拝見していて
 「免許のいる仕事、いらない仕事」という文章を目にしたのだが、
 独身男性で「育児」をこんなふうにを考えてくれている人もいるのかと、なんだか少し胸が熱くなったのである。

 それでふと
 「昔のこんな思い出を書いてみようか」なんて思ったわけなのだが・・・


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2005/05/20

読書好きの子供にする

 ・・・本が好きな子供でした。

 どれくらいかというと、そうですね、
 春4月に新しい教科書が配られるでしょう?
 その新しい教科書の中で、国語の教科書は家に持って帰るとすぐに最後まで読んでしまうほど活字に飢えていたようでした。もちろん、ものがたりの単元だけで、説明文などは飛ばしましたけれど。

 で、今はというともっぱら読むのは新聞のコラムやサイトのエッセイばかり。
 長編小説が好きだなんて思ったことがあったり、分厚いちょっと難解そうな本を読破することが誇らしいと密かに思っていた昔がうそのように、読まなくなりましたね。

 でも本を通じて、私は人生でいろいろなことを考えたり、学んだりしたような気がします。
 その中には思想や理念といった抽象的なものもありましたが、
 もっと実利的なものもありました。

 読解力です。

 本好きの子供のご多聞に漏れず、現代国語は私の得意科目でした。
 現国が苦手という友だちを尻目に、「なぜこんな簡単なことが?」などと今思うと全く不遜なことを思ったものでした。傲慢ですねえ。
 でも、それほど得意だと思っていたのは、やはり読書好きで暇さえあれば本を読んでいたせいなのでしょうね。
 難しい言葉、微妙な言い回し、段落と段落の位置づけ、起承転結。
 それらは多分国語の授業で先生に教え込まれるよりも、様々な文章を読むことによって自然と身に付けていくのが理想的なのでしょう。

 そして時が経ち、ひとの親となった今願うことは、
 世の常のごとく
 「わが子にも読書好きになって欲しい」ということなのですが、
 如何せん思うようにはいかない。

 子供はふたりいるのですが、ふたりとも私ほど読書好きではない。
 少なくとも私にはそう思えます。

 上の娘は本が嫌いなわけではないのですが、それ以上に身体を動かすことのほうが好きなようで、当然運動嫌いだった私に比べれば読書に裂く時間は限られてきます。

 下の息子にいたっては、本はおろか紙芝居やアニメに至るまで、いわゆるストーリーのあるものにまるで興味がないようで、もっぱらスポーツ中継や(自分でつくった)サッカーゲームに夢中。

 「子供は、親のコピーではなく、嗜好や性格も子供独自のものを持っている」

 それは、もちろん理解しているつもりでした。
 私が全く出来なかった運動、全く嫌いだった身体を動かすこと。
 それが好きなこの子たちは、それだけでもう私の達せなかった別の段階へ到達しているのです。
 うーん、それだけでも十分喜ばしいことなのです。

 しかし、どうして親といものは子に関してこうも貪欲になってしまうものか!
 「読み書きの基本は読書から習得するものなのだから、本嫌いでは苦労することにならないだろうか?」とか、
 「本が嫌いなら国語はおろか算数や他の教科にも悪影響を与えやしないだろうか」とか、
 挙句の果てには、
 「読書が嫌いで勉強も嫌いになったとして、この子の生計を立てる道ってどんなものがある?手に職をつける、職人の世界は厳しいだろうなあ」
 などと途方もなく先のことまで考えたりするのです。

 「転ばぬ先の杖」という言葉があります。
 でもそれを突くのはあくまで転びそうになる自分自身。
 子供が転ぶ前に、親が杖を突いてしまえば、子供は転んだ痛さを知ることなく無茶を重ねることになるでしょう。
 そしてついには親の杖も及ばない日がくるかもしれない。

 ここはひとつ大きく構えて、
 子供自ら読書の魅力に気付くときを待ってみましょうか。


 などといったんは思うのですが、

 子供が興味の持てそうなスポーツ記事を子供用に書き直して読ませるなど、
 気が付けば、
 「読書好きの道へ引きずり込む陰謀」をやはり巡らしていたりする。

 いやはや、
 親とはなんとも愚かしいもののようですね。


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2005/05/16

「美」をめぐる一考察

 仕事を終えて、会社を出る。
 通りに出てすぐ目にするのは、昔ながらの魚屋さん。
 駅前の商店街もここまで来るとはずれのほうだ。

 さほど広くない間口にはガラスケースがあり、数々の海の産物が並んでいる。
 夏の土用のときなどは、うなぎを焼くバーナーが店先に出され、こうばしい香りで通行中のひとびとに惹き付けたりもするのだ。
 店のおかみさんは白いうわっぱりに三角巾・長靴といった、これまた昔ながらのいでたちである。

 「さして気にも留めずに、その顔に目をやると・・・
 これが驚くほど美しい!
 清楚な中にも品があり、透きとおるようである。
 どう見ても魚屋のおかみさんという顔ではないこのような麗人が、
 古めかしい魚屋にいるということは、なんとも奇妙なことなのだ・・・」

 と、私がつづけたとしよう。
 たちまちこの文章は、華やいだ雰囲気に包まれ、その先の劇的な展開を予想する方々もいらっしゃるかもしれない。

 しかし、残念ながら現実のおかみさんは、かなり均整の取れたすらりとした容姿はしているが、ごく普通の容貌の持ち主である。
 そんな彼女の前を、
 「世にも珍しいほど麗しい魚屋のおかみさん」を想像している私が、
 そんなことをおくびにも出さず通り過ぎている、
 ただそれだけのことなのだ。

 だが、言い換えてみると
 「美」というものは、
 こんなにもありふれた日常に一滴のエッセンスをぽとりと落とす
 そんな力をもっている、ということではなかろうか。

 「麗しい女性」がひとりそこにいるだけで
 そこからふわっと色が拡がるように、
 そこから何ともよい香りがただようように、
 周囲のひとびとを幸せにする。

 今回のようにそれが現実のものでなくとも、
 想像するものを
 なんとなく楽しい気分に満たしたりするのだ。


 「『こうごうしいほど美しい』のと
 『素晴らしく賢い』のと
 『天使のように優しい』のと、
 どれかにしてやると言われたら、
 おじさんだったらどれにする?」

 そのような質問をどこかの物語で目にした記憶がある。
 多分「赤毛のアン」の中のアンとマシュウの会話だったような・・・ 

 「そうさな、わしにはわからんよ」と答えるマシュウに
 アンも「わたしもそうなの、迷ってしまうの」とため息をつく。

 それを読んだ私も、あるときは「天使のように優しい心」が一番と思ったり、「誰よりも優れた賢さ」に憧れたりと、揺れ惑った。
 だが、最初の「こうごうしいほどの美しさ」には何か利己的なにおいがして、それを選ぶ自分にはなってはならぬ、という意地に似た気持ちがあったようだ。

 でも「うつくしい」ってことは、
 道徳的でもなければ、社会の発展にも関係しないことかもしれないけれど、
 明らかに周囲のひとの心に幸せをもたらすらしい。

 時として妬みや恨みをかうような「美」も確かにあるけれど、
 (ひょっとしたらそのほうが断然多いのかもしれないが)

 「うつくしい」って

 やっぱり、いいもののようですね。


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2005/05/11

ダンスとDance?

 映画「Shall we ダンス?」が先週金曜日にテレビで放映されていた。
 この映画は、10年ぐらい前にやはりテレビで観たきりだ。
 中年サラリーマンの社交ダンス奮闘記に大いに楽しませてもらっていたことを思い出し、今回録画までして、週末に観てみた。

 この時期この映画がテレビ放映されるのは、もちろん現在上映中のアメリカ版“Shall we Dance?”にあわせてのことであろう。こちらのアメリカ版の観賞はまだまだ先のこと(DVDによるレンタル開始後)になりそうだが、映画紹介やHPによるとかなりオリジナルに沿って丁寧に作られているらしい。登場人物もストーリーの展開もほぼ同じようだ。

 ところが私が読んだ映画紹介記事によると、アメリカ版が日本版と違っている点は、以下の2点だという。
 主人公がごく普通のサラリーマンであった日本版と違い、アメリカ版は弁護士というややステイタスの高い設定になっている点。
 そしてその妻も日本版のようなパートタイマーの主婦ではなく、キャリアウーマンでストーリーの中での存在感もより大きく描かれている点。

 その記事を読んだとき私は、
 「やっぱりこういう点はアメリカナイズされちゃうよなあ」
 などと思ったものだった。
 より華やかで、きらびやかな設定への変更。
 そして主人公の妻役が大女優のスーザン・サランドンで、
 エンディングは夫婦愛で終わるらしいということも、いかにもアメリカ風だ。

 でも「ただのサラリーマンのおじさん」が、しかも野暮の代名詞のような日本人が、華麗なるダンスの世界へ周囲の目を気にし戸惑いながらも夢中になっていく様が、オリジナル映画の真髄なのだ。
 アメリカ人のカッコいい弁護士さんがダンスを隠れて習ったところで、そのなんともいえない哀愁やコミカルなニュアンスは生まれるのだろうか?という疑問はあった。
 それに、最後を小奇麗に夫婦愛に持っていくのも、なんか有りがちな感じである。

 というわけで、失礼ながら観てもいないアメリカ版を、やはりオリジナルにはかなわないだろうという感覚で考えていた。
 だから、今回の日本版の再観賞に際し、
 「あれっ」
 という、ちょっと物足りない気分になる自分に改めて驚いている。
 

 一体何が気に入らないと言うのだろう?

 それは、原日出子扮する妻役の扱いであった。

 
 初めてこの映画を観たときはまだ私は新婚気分も抜けないころだ。
 子供もまだほんの赤ん坊だった。
 主人公の妻は、そんな私にとって、遠い、自分とは関係のない存在だったのだ。

 だが今、子を持ち、家事に支障がない程度に働き、働き盛りの忙しい夫の帰りを毎晩待つ身になって、
 かなり近い立場で彼女を見ると、なにやら泣けてくる。

 ラストで薔薇一輪をささげに夫がエスカレータを上がってくるというアメリカ版に無性に羨ましさすら感じる。


 これが日米の夫婦愛の違いなのだろうか?


 周防監督が描こうとした映画は、「疲れた中年サラリーマンに元気を与える夢の世界」の映画なのであって、ヒロインはあくまで美しく妖精のように華奢なダンス教師。
 夫婦愛の話は脇のエピソードでしかない。

 そのことは十分承知しているし、それだからこそこの映画がヒットしたのだとも理解している。
 アメリカ版を「小奇麗に夫婦愛にもっていくなんて・・・」と批判していたくせにちょっと自分の立場が変わったくらいでこの変節は一体どうしたことか、
 という別の自分の声も聞こえてくる。

 だが、頭では理解していても、
 なんと言えばいいのだろうか、感情が納得しないのだ。


 消化しきれない小さなもやもやを抱えて、
 私は後日、夫にこの感想を告げた。
 「原日出子の奥さん、可哀想だった」

 そしてこう付け加えたのだ。

 「・・・ダンス、習いたくなったら私も誘ってね」
 

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