« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »

2005/12/28

戦後教育における自虐的日本観

 先日こんな文章を目にした。

 「・・・戦後の教育は、
  日本という国の良さに目を向けることがほとんどなく、
  この国がいかに残虐で非道な侵略を犯したかという
  自虐的な日本観に留まっていた。
  それによってこの美しい文化を持つ国を
  外に向かって紹介する能力のない国民を
  創り上げてしまった・・・」

 この内容の大筋は、
 あくまで私が読み取り理解した範囲でのものであるから、
 筆者の言わんとしていることと多少のズレがあるかもしれない。
 でも、このように考えている人は
 日本国民の中に意外と多いのではないかと実は私は思っている。

 「愛国心即ち、自分の国を誇りに思い愛する心が日本人には欠如している。
 それはとても嘆かわしいことである。」
 というような意見は意外と折に触れて目にすることが多いからだ。

 「愛国心」・・・!

 戦後最もアレルギーを引き起こすようになった言葉である。
 この名のもとに数々の悲劇が引き起こされたことは今更述べるまでも無かろう。
 でも一方で「国を否定し、個に走る者」を憂う人々もやはり数多く、
 その存在は年々目立ってきているような気もするのだ。

 彼らは口々に言う。
 「他の国は皆、自分の国を誇りに思い特有の文化歴史に自信を持っている。
 日本だけだ、こんなに自国を悪しざまに扱っているのは!」
 「自分の国を愛せないような教育を子供に施すのは、
 もういい加減やめたらどうだ!」
 と。

 私は昭和39年生まれ。
 高度経済成長を目の当たりに成長し、
 平和教育を熱く語る教師たちに多く出会い、
 そして思春期を過ぎたころから
 「世の中が右傾化している」という声を常に耳にしてきた。

 多分彼らが言うところの
 「自分の国を愛せないような教育」を受けてきた私である。
 だが、
 日本を愛していないか?と問われれば、
 やはり「否」と答えるだろう。

 そして更に付け加えさせてもらうならば、
 私が日本を愛するのは、
 その文化歴史の素晴らしさや日本人の柔和で謙虚な美徳もさることながら、
 その負の歴史も背負って生きているというところにある、
 と言いたいのだ。

 日本は、
 傲慢の絶頂も、劣等感の底辺も知った国である。
 それゆえに、
 単純ではなく複雑な、
 単にどちらかしか知らない者にかなわぬ深い考察の
 出来うる国民になる可能性があるのではなかろうか。

 常に正義と共にあり
 それゆえ敗れたことのない国には決して味わうことのない体験、
 それを体験をしたことは、
 誇るべき文化や歴史と同じぐらい貴重なこの国の財産のはずなのだ。

 だって
 殴られた痛みは殴られたものにしかわからないものだから。
 そのように殴ったものであり同時に殴られたものである
 日本を、
 私はやはり愛しく思う。


 そんなふうに

 「戦後教育の自虐的日本観も
 決してマイナスの影響のみではない」

 そう考えるのは私だけではないはず、

 と、

 戦後60年である2005年の終わり
 そんなことを
 思ったので書いてみた。

 ・・・いかがでしょうか?


| | コメント (5) | トラックバック (1)

2005/12/21

16年目のクリスマス

 別にクリスチャン・ホームに育ったわけではない。

 近所の商店街の片隅にある教会の存在も
 クラスの友だちが
 「クリスマスに劇やるんだよ」と
 誘ってくれるまで知らなかったぐらいであった。

 その私がキリスト教徒になった。
 今から15年以上前のことである。

 このことを知ったとき、
 無神論を標榜としている友人はこう言ったものだ。
 「2000年も前のナザレの大工の息子が本当に救世主だと信じられるの?」

 その友の問いに
 私は上手く答えられなかった。
 唯言えたのは、
 救世主だと信じたい自分がいること、
 そのためにも
 キリスト教徒になることは然るべきことなのだと考えたこと、
 それだけだった。

 結局友人は私の行動を理解しなかったし、
 私も理解してもらおうと思うのをすぐにあきらめた。
 「信じる」「信じない」という問題は
 理屈では説明できなないものなのだから。

 そうはいうものの
 かの友人と私の考え方には決して大した違いは無いはずだ。
 両方とも生真面目で堅い人間である。
 よりよく正しく生きたい、
 充実した人生を送りたいという熱意は
 むしろ友人のほうが、私よりずっと満ちている。

 同じ塀の上に立っているふたりが
 片方はこちらに、もう片方は別の方に飛び降りる。
 それを決心させるのは一体どれだけのものなのだろうか。


 あれから何年もたった。

 いまもかの友は「キリストにすがった」私を
 不確実なもの―宗教―にすがった哀れで弱いものだと
 思っているのであろうか?
 それとも、
 「救世主と信じる」と言い切るのではなく
 「信じたい」と言うに留まった私の信仰を
 疑わしいものだと冷ややかに思っているのだろうか?


 実は
 そんなふうに考えること自体が、
 「その自分のあやふやな信仰に一番疑念を抱いている」
 証明なのかもしれないのだが・・・


 この疑念をかかえながら
 そうして
 今年もまたクリスマスがやってくる。

 16年目のクリスマス、だ。

| | コメント (6)

2005/12/15

時を越えて

 実はよく考えることなのです。

 ある日何らかの理由で突然、
 自分自身でのサイトの更新がこれ以上できない状況に陥ったら
 これらのページはどうなるのだろうか?と。
 (もちろん、現実にそんなことになったとしたら、
  サイトよりももっと深刻な問題が山積することは
  確かなのですが。)

 サイトを存在に気付いた周りが
 閉鎖の措置をとればなんてこともないのでしょうが、
 そうでもされない場合
 多分管理者を失い放置されたサイトはそのままにされることでしょう。
 また自分にしろ周りにしろ
 思い出のためとして
 敢えてそんな措置をとらないということも大いに考えられますから
 ネット上にそのサイトが残る可能性というのは
 案外大きいのでは?なんて考えたりします。

 そうしてネット上にぽつりと残されたサイト。

 更新されぬことをいぶかしく思う訪問者たちも
 徐々に数が減り、
 そのうち訪れるひともなくなる。
 たまに何かの拍子にページをひらくひとがいるかもしれない。
 検索にちょっとひっかかったってところでしょうが、
 その人の目にはこのサイトはどのように映ることでしょう。

 まずは最終更新日の古さにこのサイトが既に過去のものだということが知られる。
 そして続いて思うのは、
 打ち捨てられた空き家のような侘しさでしょうか。
 または「なんといい加減な管理者だ」という
 ちょっとした怒りもあるかもしれません。

 でもどんな感情であろうとも
 見ず知らずの他人が
 自分を一瞬であれ、
 時を越えて知ってくれたということは
 インターネットのない時代にはほとんど考えられなかったことなのでしょうね。

 もちろん、
 これからどんどん増え続けるサイトの波に呑まれて
 更新の無い過去のサイトが尚も存続していける可能性は
 今後の情勢によっては消え行くものなのかもれませんが・・・


 周囲の迷惑にはならないためにも
 そんな日が来る前に
 多分自分できっちりけじめをつけられるはず。

 そう思いながらも、

 何かの間違いで自分のサイトが残ってしまい
 遠い未来の誰かの目に触れる、
 そんなのも悪くはないかな

 とまあ、
 不謹慎なことを考えてしまったりする私、です。

 けしからん奴、です。

| | コメント (3)

2005/12/08

「ものよりおもいで」

 毎年この季節になると、
 頭の中を占めるものがあります。
 それは、
 「クリスマスプレゼントを何にするか」
 という問題。

 子供達へのプレゼントは、
 サンタからというふれこみで
 いつもクリスマスの朝にツリーの下に置いておくのです。
 そのラッピングは、
 イブの深夜彼らが寝静まってからの一仕事なのですが、
 それがまた楽しみのひとつだったりします。

 全く
 「与うるは受くるにまさる」
 とはよく言ったもの。
 子供へのクリスマスプレゼントというものは
 ひょっとしたら親のためにあるものなのかもしれません。

 一方子供達のほうはどうなのでしょう?

 (そりゃあサンタクロースから望んだプレゼントをもらって
  うれしいには違いないだろうけど、
  それもこう毎年ともなるとマンネリになって
  ありがたみも湧かなくなるのではないかな)

 そんな余計な危惧を抱いてしまいました。


 自分の子供時代を振り返ってみると
 決して満ち足りているとは言えなかった日々でしたが、
 それでもほんのり幸せだったような気がします。
 不思議なことに
 すんなり買ってもらえた思い出よりも
 どんなに願っても買ってもらえなかった思い出のほうが
 なにやら温かく懐かしく、
 大切な財産のようにすら感じているのに気が付きました。

 「ものよりおもいで」

 そんな何年か前のキャッチコピーが思い出されます。


 (この子達はどうなのだろう?
  いつの日か大人になったときに、
  私が持っているのと同様の温かい思い出を
  心に溜めてくれているのだろうか?)

 その答えは
 あと2、30年先に彼ら自身から聞く以外に
 知る由も無いのですが。

 その日が、
 今から待ち遠しくなってしまいました。

 せっかちすぎますね。

 [12/22追記]
 この記事を「Kakoの手文庫」さんの「プレゼント」('05/12/21記事)
 にトラックバックさせていただきました。
 

| | コメント (4)

2005/12/01

疲れた本

 久しぶりに図書館で本を借りた。

 なかなか読み応えのありそうな長編小説。
 しかも現代作家のものを借りて来るなんて
 私には滅多にないのことだ。

 今、居間のテーブルの上に
 無造作に置かれているその本をまざまざと眺めると、
 図書館の本に特有の
 ある種の雰囲気があるのに気がつく。

 ・・・痛んでいる。

 いやそういうほど酷いものではない。
 疲れていると言ったほうがむしろ適当か。

 痛みを防ぐために必ずと言っていいほど
 図書館の本の表紙は、ビニール製のコーティングがされている。
 そのコーティングがなんとも
 薄汚れていて、
 適当なシワなんぞも寄っていて、
 多分いままで多くの見知らぬ人たちが手にしたであろうが故の
 「疲れ」がその本からは滲み出ているのだ。
 
 ・・・あたたかい疲れ
 
 そんな言葉が頭を過ぎる。

 そう言えば以前古本屋である文庫本を買ったことがあった。
 アンドレ・ジットの「女の学校・ロベール」。
 カバーも何もついておらず、
 その本の裏表紙には鉛筆の走り書きで「20」と値段がつけられていた。

 たった20円の本。
 飴玉と同じ値段だ。
 しかしその20円の本の中に
 美しい筆跡で次のような書き込みを見たとき、
 私はこれを買ったことを心の底からうれしく思ったものだった。

 「愛のない夫婦間のき裂 
  相入れることのない男女の歴史

  テーマ p.21
  『利己主ギはしばしば犠牲と愛の仮面をかぶるものなのだ』

   神を受け入れている人間の利己主ギ的観察眼」

 本編に入る前の中表紙にこれらのメモは書かれている。
 今読んでみるとありきたりの言葉のように思われるが
 当時の多感なる女子学生だった私の心を揺さぶるには十分の言葉であった。

 これを書いた人ははどんなひとだったのだろう、
 なんと思ってこんなメモを残したのか、
 また読後はどのように感想をもったのだろうか・・・

 とりとめもない空想が頭の中を駆け巡る

 ただそれだけの話、である。


 新しいいい匂いのする本もいい。

 でも、
 たまには疲れた、あかるく気持ちよく疲れた、
 自分以外の人の目の入った本を手にとってみるのもいいものかもしれない。

 居間に置かれた借りてきた本も
 きっと多くの人の思いをずっしりと抱えている。

 それ故の
 あたたかく疲れた表情をしているのかな

 そんなことをひとり考えてみた。
 

| | コメント (2)

« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »