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2006/01/31

魔除けと悪あがきと

 「○○さん、ヒイラギいらない?」
 行きつけの食料品店でおかみさんにそう声を掛けられた。

 ヒイラギ?
 クリスマスでもないのに?

 そう思っておかみさんの指差した方向をみると
 ヒイラギと何かの枯れ枝のようなものが小さな束になって
 150円という値段がついている。
 「節分の魔除けなのよ」とおかみさんは笑いながら言う。
 「おねえちゃん(娘のこと)たち、喜ぶかと思って・・・」

 かくして、
 私はその魔除けを買って帰ることになった。
 家に帰るとすぐ
 ドアの、ついこの前まで正月の輪飾りが掛かっていたフックに
 その枯れ枝とヒイラギの束を吊るす。

 中に入っていた小さな説明書きによると、
 ヒイラギはその葉の棘が
 豆ガラ(どうやらこれが枯れ枝のことらしい・・・)は
 そのガサガサという音が鬼を寄せ付けない魔除けとなるらしい。
 これにイワシの頭(これはその臭いが効果があるらしいのだが)
 が加わるとどうやら完璧のようである。
 が、さすがにそこまではついていない。
 やはりその辺は受け入れがたい人たちがいることを
 配慮した商品なのだろう。

 さて、
 この魔除けを吊るしながら思い出すのは、
 結婚して初めての節分のころのこと。
 実はその年の節分、
 私はイワシの頭を玄関に飾っていたのだった。

 もちろん、
 普通のサラリーマン家庭であった私の実家に
 そのような風習があったわけではない。
 典型的は農村の農家である夫の実家なら
 そんなこともやっていたのかもしれないが、
 夫自身はそのような風習には極めて無関心であった。
 このイワシの頭がその年我が家の戸口を飾るようになった経緯というのは、
 会社帰りに寄ったスーパーの店先で見つけたイワシの頭の飾りに
 つい心引かれて買ってしまったというだけの
 いわば私のほんの出来心なのだ。

 「私はね、こういう季節の行事ごとはきちんとやる、
 そういう家庭をつくりたかったの」

 玄関先のイワシの頭を見て不審に思う夫に私はそう説明した。

 「春のひな祭りには散らし寿司とハマグリのお吸い物つくって、
 夏は、ちゃんと七夕飾りやお盆の飾りも飾って、
 秋はお月見して、
 冬は正月や節分の風習を守る。
 そういうこときちんとやる家庭にしたいんだよね」

 その私の言葉に対し、夫の反応は
 「そう、そりゃいいね。じゃあそうしたら。」
 という頼りないものであったが・・・

 かくして月日は流れた。

 ご想像のとおり、
 イワシの頭が我が家の玄関を飾ることは
 それ以降の節分には決してなかった。

 節分だけではない。
 七夕は子供が幼稚園に行くようになってやるようになっただけだし、
 お月見だって気が付いたら「ああ、いい月だ」と眺めるだけである。
 そう、フタを開けて見れば何のことは無い。
 つまり季節ごとの行事を大切にする家庭とは、
 全くかけ離れた慌しい日常を送るごく普通の家庭になった
 ということなのである。

 「そういうの大切にする家庭にしたいって言ってなかったけ?」
 と夫がからかい気味に尋ねたことがあった。
 何と答えたかは忘れたが、
 「思っていることを実際に実践することは難しい」
 と思ったことだけは覚えている。
 今の生活に根付かぬ行事ごとを、
 ノスタルジーだけで続けていくことはなかなか出来ることではない。

 でも、
 きっとあのときの私のように
 「季節感や昔の風習を守っていきたい」と思っている人は今も多くいることだろう。

 「節分には豆まきー!!」とか
 「恵方巻きをいい方角に向かって丸かじりしよう!」とか
 商業ベースに踊らされている気も無きにしも非ずと思いながら・・・

 次々に変わっていく世相。
 どんどん便利になっていく生活。
 スピードがスピードを呼びいやがおうにも加速していく変化のサイクル。

 もちろん
 生活スタイルが様変わりした今となっては
 そんな昔の風習を上辺だけ真似してみたところで
 すぐにはがれてしまうメッキのようなものなのだけれど、

 ひょっとしたら
 そうした思いは
 そんな社会に対する漠然とした不安への
 ちょっとした「悪あがき」のようなものなのかもしれない。

 来年の節分、
 このヒイラギの魔除けがドアに掛けられるかは
 全くの未知数だが、

 この「悪あがき」、

 それ自体は
 やはりやめられそうもない私、である。

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2006/01/27

モーツァルトはお好き?

 ラジオから、ちょこちょことモーツァルトの楽曲が流れてくる。
 それを聴きながら私は
 「このメモリアルイヤーはクラッシク音楽業界にはちょっとしたビジネスチャンスの年になりそう」
 という先日の新聞記事を思い出す。
 2006年1月27日、
 今日はモーツァルトの生誕250年目の記念日だ。

 数ある作曲家の中でもモーツァルトを好む人は多い。
 軽やかで聴きやすい、癒しの効果もある。
 クラッシック音楽を聴いてみようかなんて思ったときとりあえず手に取るには最適なのかもしれない。
 だからってビギナー向きのみの作曲家ではもちろんない。
 クラッシクに精通した人もまたこの軽やかで心地よくとっつきやすい音楽に、
 聴けば聴くほどに、奏でれば奏でるほどに深みを感じるらしい。

 それほど多くの人を深く魅了するモーツァルトの音楽。
 しかし、私自身はさほどモーツァルトの曲には夢中になれないでいる。

 もちろん私だって、トルコ行進曲やアイネクライネナハトムジークを鼻歌で歌ったりもする。
 映画「アマデウス」も好きだし、その中でかかっていたレクイエムもいいと思う。
 でも素晴らしいと言われるオペラ「フィガロの結婚」の伯爵夫人のアリアなど、注意して聴いているにもかかわらずいつのまにか終わってしまっていたり、
 「魔笛」の夜の女王のコロラトゥーラなんて「すごい」とは思うけれど「鳥肌」なんて立たないし・・・
 つまり私が比較的興味あるジャンル、オペラについては好みの作品がモーツァルトにはなかったということだけなのかもしれないのだが・・・
 だが、それプラス「私が好きにならなくたって他にいっぱい好きな人はいるんだからいいよ!」みたいな気持ちもあるのだ。
 生来のあまのじゃくのせいで、超メジャーなものにはどうも食わず嫌いの傾向が私にはあるらしい。


 しかし、今月の初めに読んだあるエッセイにより、
 私の中にはそれについてのちょっとした変化が生じたのだった。

 「・・・モーツァルトを経ずに他の作曲家のファンになっている人たちには、どこかつっぱった突拍子もないところがあるように思われる。
 何か無理があるというかというか・・・
 一方モーツァルトをよく聴き込んだ上で改めてその他の作曲家の愛好家となった人には、余計な力が抜けている・・・」

 こんなような内容の文章が、
 とある雑誌の新年号でモーツァルト特集に寄せられていのである。
 モーツァルトを経ずして他の作曲家を密かに愛好している私には当然あまり面白くはない。

 (ええぇー、なんか納得いかないなあ。
 そんなにすごいの、モーツァルトって?
 それじゃあまるで音楽の規範か神様みたいな扱いじゃない?)

 と不満たらたらに最初は思ったものだった。
 が、しかし、
 それから半月たった今でもその言葉が頭にこびりついて離れないでいるのも事実なのだ。
 それは

 「・・・どこか無理がある・・・」

 というその指摘に対して認めたくないながらもある意味真実をつきつけられたような感覚があったからなのだろう。
 他の人はさておいて私の場合に当てはめてみると、
 この言葉はまんざら出鱈目ではないようなのだ。


 では、とりあえずモーツァルトの中で好きな曲でも探してみようか・・・

 ちょっとそんな気になってきた。

 ひょっとしてモーツァルトには人を素直にさせる何かがあるのだろうか?
 それが、
 彼の音楽の魅力であり
 多くの人に愛される理由なのか?

 それはまた、
 モーツァルトをじっくり聴き込んだその後でということで。

 今年の終わりごろ、
 私の中の「つっぱったところ」がなくなっているとしたら、
 そのことについてはまた書いてみるとしましょう。


 ところで最後に
 これを読んでくださったあなたへ、

 あなたはモーツァルトがお好きですか?

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2006/01/24

消された疑惑?

 昨夜から続くライブドア堀江社長逮捕の報道。
 同じような内容が繰りかえされる中
 私には、あるジャーナリストの次のような発言が思い起こされていた。

 「・・・何故今このときに?というのが疑問に挙げられます。
 明日1/17は阪神大震災の追悼記念日だし、ヒューザーの小嶋社長の証人喚問もあります。
 耐震偽装問題の証人喚問ニュースの注目度を薄めさせようという意図が感じられないでもないですね。・・・」

 これは、先週16日夜にライブドアの家宅捜索が報じられたとき、ラジオから耳にした内容である。

 そう、そう、そう!
 この一連のライブドア関連のニュースで、実は一番知りたいのはこの辺のことなんだよ!って思っている人は案外多いのではないだろうか?
 つまりこの逮捕劇には、
 何か別のうかがい知れない大きな悪を隠蔽するような側面があるのでは?
 という疑惑である。

 それでも私が知る限りでは、
 この「何故今?」という問題についてそれ以降述べてくれた人はマスコミでは見かけなかった。

 逮捕から一夜明けた今朝も、
 別のジャーナリスト氏がラジオに登場していた。
 しかし、その彼はこの疑惑については一言も触れずに、
 昨日から嫌と言うほど続けられている逮捕のいきさつや容疑の内容について繰り返すのみであった。

 そんな彼に向けられたらしいリスナーからの1通のメール。
 「何故今になって?この事件の陰で誰かが何かを企んでいるのでは?」というその内容に対してすら、彼は特捜の秋からの調査の経緯について述べるのみだ。

 「あれえ、あの疑惑ってどうなっちゃったのかな?」と思う私。
 しかし、捜査の経緯を述べ終わった彼の次の一言に耳が釘付けになった。

 「・・・もしも堀江氏が総選挙で当選していたら、特捜もここまで突っ込むことは出来なかったと思いますよ。国会議員とはそれだけ権威を犯しがたいものだから・・・」


 「国会議員とはそれだけ権威を犯しがたいもの」

 それは裏返せば、
 「国会議員になれなかった堀江氏は、国家権力にとって『守ってやるほどの人物』ではない―即ち切られて当然の人物にしかすぎない」
 ということにならないか?
 そして堀江氏とは違う『守ってやるほどの人物』は
 この一連の事件をほくそ笑んで傍観しているのであろうか?

 ・・・やはり・・・?

 もちろん、
 堀江氏とライブドア上層部の法律違反は許されるものではない。

 でも国民が何より知りたいのは決して明るみに出ることはない、
 その「守られてほくそ笑んでいる人物」の正体であり、
 それを守っている国家権力との癒着の全容なのだ。

 果たしてそれが暴かれる日がくるのであろうか?


 私にとっては
 そんなことを考えさせるような

 映画「迷走地図」を思い起こすような

 今回の事件、である。

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2006/01/19

冬のこどもたち

 さむいさむぅい冬の日のことだった。

 会社を出るともう真っ暗。
 寒い北風が吹きすさぶ駅前の商店街は人でごった返している。
 しかし明るい華やかさはあまり感じられない。
 この寒さだもの。
 皆寡黙に家路を急ぐのみだ。
 厚手のコートにマフラー・手袋という完全装備、
 それでも逃げていく体温を逃すまいと
 こころもち首を縮みこませて背中を少しばかり丸めながら
 言葉少なに歩いている。


 ふと目をやると、
 自転車の子供椅子に小さい子を乗せたお母さんの姿が映った。

 お母さんは一生懸命子供の足もとにひざ掛け掛けている。
 それこそ、
 丁寧にしっかりと
 風の入り込む隙間もないように。
 これは掛けると言うより包み込むと言うほうが正しいのかもしれない。
 子供の腰から下はフリースの山にどっぷりつかっっている。
 毛糸の帽子に厚手のオーバー、
 まるで着ぐるみの動物のように
 コロコロに丸くなった子供は母親のなすがままだ。

 「自転車の前椅子は寒いからなあ・・・」
 そう思いながら先を行く。
 見回すと
 それ以外の母親たちも
 自分の子の世話を細々と焼いているのが目に付いた。

 あ、あそこでは子供のマフラーを巻きなおしてやっている。
 こちらでは帽子を被せなおしている。
 そっちじゃ、タレていた鼻をかんでやっている・・・

 ほんわり温かい光が差したようだった。


 麗しい親子愛?

 もちろん、それだけではない。
 母親たちは
 ただ子供が愛おしいからというよりは、
 むしろ風邪をひかせちゃいけないからという理由で
 こうも甲斐甲斐しく世話を焼いているのだ。
 (少なくとも私はそうだった。)

 風邪を引かせると母親の仕事は倍増する。
 混雑する医者に通い、
 外出もままならなくなり、
 夜もゆっくり休めなくなる。
 それゆえ、皆やっきになって子供を寒さから守るのだ。

 それでも、
 そんな母親の利己的な理由からでも、
 なんと子供達の顔は満ち足りていたことだろうか。

 「・・・自分達は大切にされている・・・」

 そんな確信をしっかりと掴んでいるかのように。


 私は今まで
 冬の子供を可愛いと思っていたのは、
 そのモコモコと着膨れたぬいぐるみのような
 愛くるしい姿ゆえかと思っていた。

 しかし、
 それだけではなかったのだ。
 彼らの愛らしさは、
 母親たちの甲斐甲斐しい姿と
 その満足げな安らかな表情あってこその、
 愛らしさだったのである。


 ふと、
 題名は知らない流行歌の一節が頭をよぎった

 ♪・・・ふゆがさむくてほんとによかった・・・♪

 ・・・ほんと、よかったね

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2006/01/16

少子化の原因って?

 先週末の13日、新聞の紙面をこんなニュースが飾った。

 猪口少子化担当相の「出産費用無料化を検討」発言

 もっとも翌日の14日には安部官房長官に否定され、
 この提案はあくまで猪口氏の先走りに過ぎなかったのとの感はあったが・・・

 もちろん、これは少子化対策の一環として話題に上ったものである。
 そりゃあ、保険のきかない出産費用が全部タダになるっていうのはオイシイ話だ。
 しかし、巷の反応はかなり冷たいものであったようである。
 つまり「財源の確保もないバラマキ政策に過ぎない」との印象は拭えないという事のようだ。

 それにしても今回のニュースもそうだが、
 子育て支援策というと即、児童手当だの子供の医療費の補助だのといった、
 つまり経済支援策がとりあえずクローズアップされてくるのはどうしてだろう。
 保育園の充実とか待機児の解消などの設備面の充実策よりも、
 やはり手っ取り早いからなのかもしれない。
 お金を渡すというのは何と言っても即効性があるように思われる。

 しかし、国民だってそれほど無知なわけではない。
 このような「財源という根拠のない経済支援」の先が明るいものではないことぐらいわかっている。
 だからそんなお金をちらつかされたことぐらいで
 「ハイじゃあ子供を産むことにします!」なんて簡単にはいかないのだ。

 じゃあ、どうしたらいいというのだろうか。

 まずは当たり前のことだが
 「何故子供が産めないのか」という原点に返って考えてみてみよう。
 それはやはり子育てはお金がかかるから。
 そして、
 それは少なくとも出産費用が高いからとか、子供は医療費がかかって大変だからというのではない。
 子供にかかるお金で一番辛いのは、やっぱり何といっても教育費なのだ。
 21歳まで子供ひとりを育てるのに1300万、
 その上オール私立で大学までいくと学費2400万ぐらいが
 かかるという試算が、
 「じゃあ、子供はひとりが精一杯だ」とか
 「うちは子供は産まずにその代わり自力で老後に備えよう」
 という気にさせるのである。

 「まずは、公教育の建て直しなんじゃないのかな?
 オール公立なら600万ぐらいで学費は済むらしいし・・・
 『今は中の上ぐらいの学力がある子なら、
 公立の学校なんて入れてはダメ!
 私立に入れないとその子の人生ダメになっちゃうよ!』
 なんて言われている公立学校の信頼を取り戻して
 お金が無くともある程度の質のある教育が施されるという
 安心がなくちゃ、
 みんな子供なんて産む気にならないんじゃないかな」
 そんなことを私は夫に言った。

 しかし夫は懐疑的である。
 「確かに、そんな一面もあるかもしれないけれど、
 公教育の質云々だけではないような気もするなあ。
 公教育の質が昔と比べて低下したというより、
 より良い教育を求めて選択する親が増えてきたってことなんじゃないかな。
 そして良いものには当然のことながらお金はかかるものだもの。
 皆大変だ大変だと言いながら
 『少しでも子供に良いものを』
 と考えることは変わらない。
 最良のものを子に与えられないのなら親にならないほうがいいとか、
 兄弟と共に平均的な教育を施すよりも、
 隣の一人っ子に負けないような良質の教育を施してやることの方が
 その子の幸せと思う傾向が今の世の中にはある。
 その方向に傾いていることが少子化の原因のような気がする。」

 うーん、結局
 皆が「少なく生んでより良く育てる」ってとこから
 頭が離れないとダメなのかもねえ・・・

 そこで、
 最初の問題に戻るが、
 政府ができる子育て支援ってやっぱり
 経済援助策ぐらいなものに留まざるを得ないのかもしれない。

 政府の出来ることって
 お金を出して
 「ちょっと多く生んでもやはりより良く育てられる」資金を提供すること、
 そうすることで、
 産む産まないのボーダー上にいる人を
 「産む」ほうに引っ張り込むことぐらいなのかもしれないのだ。

 それがやはり現実的?。
 もちろん子育てサポートの面(保育所や育児休業の制度など)の充実も
 じっくりやっていただきたいことだけれど・・・
 結局「まずはお金」ってことに戻ってきてしまうわけなのか?


 そんなふうに考えていたら、
 なんとなく
 うら寂しい気分になってきてしまいました。

 ひとや社会の豊かさって
 一体なんなのかな?

 そんなことを
 余り脈絡も無いのですが

 ふと、考えてしまいました。
 
 

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2006/01/12

『戦う女たち』の再会

 自転車を息せき切って走らせる。
 目指すは武蔵野の名刹、やがて古い山門が見えてくるのだ。

 そこに立って待っているのは、旧知の友。
 自転車を降りるなり、
 待たせたことを詫びる私。
 それに対する友の笑顔に安堵し、互いに新年の挨拶を交わす。

 今年の1月7日のことである。

 ここ数年の正月、
 この古寺で彼女とは旧交を温めている。
 付き合い始めてもうかれこれ20年近いだろうか。
 彼女とのこの寺巡りは、
 私の新年の最も楽しみなこととなっているのだ。
 

 知り合った頃は
 互いに未知の未来に対して希望と欲が満ち溢れていた私たち。
 「自分らしく自分のために生きよう」という熱意をもった『戦う女たち』だった。
 私たちの敵は、「女はこういうもんだ」という世間や会社、
 または多くの場合に自分自身の親であったりもした。

 そして
 いつしか時は流れ、
 結婚があったり、子育てがあったりで、
 私はもうすっかり『戦う女』ではなくなった。

 よく言えば丸くなったのかもしれない。
 しかし実のところは、
 日々の雑事に追われて、
 数々の場で怒る余力を失ったというところなのだろう。

 このように変貌していく自分を
 青くつんつん尖がっていた頃の私を知る彼女の前では
 いつも一抹の後ろめたさを私は感じていた。
 「結局落ち着くトコに落ち着くと
 小ぢんまりと纏まっちゃうんだよね」
 そう思われることの恐れもあったのだろう。
 そんなわけで、
 彼女と会うに際しては、
 ちょっとばかり「変わらぬ自分―今も戦う女―」を
 無意識の内に演じている私がいた。


 さて今年の再会である。

 ふと、
 彼女もまた「丸くなった」?

 そんなふうに感じたのだ。

 『戦う女』でいつづけるのは大変なことだし、
 無理してもそうでありつづける必要もない。
 私に訪れた変化が彼女にも訪れていたのかもしれないと
 どうして今まで思わなかったのだろうか?

 では「丸くなる」とは?
 これは成長なのか?
 それとも惰性なのか?

 多分それは成長でもあり惰性でもあるのだろう。
 「丸くなる」だけではなく、
 多くの変貌というものは
 おおよそプラスとマイナスの面を持っているものなのだろうから。


 ・・・いずれにせよ、
  時は等しく全ての人に過ぎており、
  それに伴う変化もまた等しく訪れていた・・・

 そのことをあらためて感じた、

 そんな
 今年の年明け、であった。

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