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2006/04/30

最たるもの≠most?

 「就任以来、最も心が動かされる会談だった。」

 これはおとといの28日に
 ブッシュ米大統領が拉致被害者家族会の横田早紀江さんとの会談において
 述べられた発言だそうだ。

 このニュースがラジオから流れてきたとき
 正直、驚いた。

 いや、拉致は確かに驚くべき非道の行いだし、
 わが子を奪い去られた母親の心情は国を超えて通じるものだとは思う。
 だが、そうは思うけれど、
 「就任以来、最も心が動かされる」
 ということはこれまでの数々の会談の中で一番心を動かされた
 ということじゃあないか!
 自国のさまざまな問題をさておいて
 大統領として「最も心を動かされた」のが、
 自国アメリカのことではなく他所の国のことだったとは!
 そんなことは、
 いくらブッシュ氏がすばらしい
 博愛主義者であってもにわかにはそうとは信じられない。
 そう思う私は、
 人の善意が理解できぬ了見の狭い懐疑主義者なのだろうか・・・!

 などと怪しんでいたら、
 何てことはない、
 つまりは私のただの誤解であることがまもなく判明したのである。
 
 それは、
 別のメディアから得たこのニュースには
 ブッシュ大統領の発言は、
 「大統領就任後、最も感動的な会見の一つだった。」となっていたことによってであった。

 ああ、やはり、そうなのだよなあ。

 最も感動的な会見の一つ、つまり"one of the most"なのである。
 今迄のなかで一番だったわけではなく、
 数々のかなり感動的な心を動かす会見のうちのひとつにしか過ぎない、
 こう書いてしまうのはいささか乱暴すぎるであろうか?

 どうも、
 私には"one of the most"という表現は
 昔から納得いかないのである。

 最上級というのは「最も~なものなのだから」
 そもそも一つしか存在しないはず。
 それがいくつもあるなんておかしいじゃないか?
 それをどうして最上級の表現とすることができるのだろう?
 

 「最も」という訳語は
 英語における最上級(この言葉も既に不適当だが)には
 実はあっていなのではないのか?
 いまさらそんなことをいっても仕方がないことだし
 他に適当な言葉があるわけでもないのだけれど・・・
 
 英語文化圏における
 「比較級よりも更に強めの表現というもの」は
 必ずしも最たる唯一ものではない
 そのことだって頭では理解しているつもりだけど・・・

 どうも、
 
 「最も~なもののうちのひとつです」
 
 なあんて訳語を見聞きするたびに

 なんとも
 居心地の悪い思いをする私、なのです。


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2006/04/27

世界の広さとその再認識と

 ・・・例えば、
 地球の裏側で起きた事件の詳細とか、
 遥か遠くの惑星探査機から送られてくる映像とか、
 もしくは、
 何千年も昔の人々の生活の様子や
 どこかの誰かの頭の中で考えられた奇想天外な学説やストーリーなどなど。


 人間の生活に、
 こうした他者から発せられた情報が、
 数々の媒体
 ―古くは音声としての言葉、
  そしてそれを記録することを可能にした文字
  時代が下って、
  ラジオ、テレビ、インターネットといった
  直接の音声や映像そのものを時空を越えて伝達する新しいメディアたち―
 を通じて無数に入り込むようになって
 随分と時が過ぎました。

 結果、
 人がその一生において知覚する情報量は 
 爆発的に倍増。
 今やその多さに辟易している人も多いご時勢です。


 でも、
 ある日突然気が付いてしまいました。

 極めて
 当たり前のことなのですが、
 その怒涛のように押し寄せる情報の津波も
 最終的には
 自分の目で見、
 あるいは耳で聞き、
 はたまた指先で触れなければ、

 「知り得ないもの」

 であるということ。

 つまり
 テレビに映し出されていた
         「戦火の残した傷跡」も、
 ラジオから聞こえた 
         「首都圏の交通情報」も
 パソコンで検索した
         「昔の諺の意味」も、
 新聞に書かれていた
         「選挙結果に寄せる社説」も、
 小説に描写されていた
         「ヒロインの苦悩」も、

 受け手である私たちが
 知覚し脳内に取り込むこと
 即ち「認識」することによって
 初めて何某かの意味を持つことになる。
  
 
 ううむ・・・!

 ということは結局、
 私たちが一生の間に過ごす「世界」というのは、
 自分のこの小さな頭の中にしか
 映し出されないのかな・・・
 
 そう思ったら
 なんだか、

 無限に広がっていたはずの世界が、
 そしてその世界を司る
 摩訶不思議で難解な法則の数々が、
 急に卑近に感じられたというか・・・

 そんな
 乱暴なことすら
 思わせるような、

 ちょっとした驚きの「再認識」、でした。


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2006/04/25

「言葉」にならなかった「知」

 「・・・見落としがちなことだが、
 『知識』とは最初から『言語』という形をとっているわけではない・・・」

 何日か前に夕刊で目にした文章にこんな内容のものがありました。

 「・・・その『知識』を他者に伝えるため人は皆『言語』への変換という作業を、
 日々それとは気付かぬ内に黙々と行っているのである。
 ・・・当然、全ての『知識』が『言語』へと変換されるものではない。
 変換の過程でこぼれ落ち、
 他者には伝わらぬまま消えていく『知識』も数知れずあるのである。
 が、優れた文章、心に響く文章というものは、
 その変換が極めて巧みに行われたがゆえに生まれた賜物と言えるであろう・・・」

 とまあ、こんな感じで話は展開していきます。
 最終的には
 「言語化されたもののみを『知識』とらえることには、
 大きな落とし穴が潜んでいる気がしてならない」

 という筆者の、警鐘ともとれる指摘で
 終わっていたように記憶しています。


 これを読んで私がふと思ったのは、
 「太古の厳しい氷河時代、人類の祖先を救ったのは言語だった」
 という説。
  
 複雑な言語は、個人の体験や知識を他者に的確に伝えることが出来ます。
 例えば、
 獲物の群れの通る季節やルート・・・
 このような風が吹くときには気候がどのようにその後変わるのか
 などなど・・・。 
 それまでは完全に個人のものであって
 時と共に消えていく運命だった多くの「知識」が、
 言語に置き換えられ他者と共有されるようになったがゆえに、
 時を越えて生きるようになりました。

 このように「知識」の伝承を可能にした「言語」のことを思い出しながら、

 きっとこの筆者は
 蓄えられずにこぼれ落ちていった「知識」のことを
 考えていたのかな、
 
 と、思ったのです。

 蓄えられずに個人の心の中で生まれ消えていった「知識」、
 それらには一体どんなものがあったのだろうか?

 たとえば、

 ・・・遠くでかすかにひびく子供の泣く声
   きらきら輝く若葉の葉脈
    つちぼこりを上げて走る古い自転車
     道端に咲く雑草の花びらの白さ
      夕暮れに吹く涼やかな風・・・

 みな、
 実生活には多分役に立たないもの
 そう思われてそれらは、
 個人の「知覚」の域を出なかったもの
 でした。
 
 果たして
 これらを「知識」と呼ぶのは相応しいことなのでしょうか?


 でも、

 役に立たないもの、
 それが
 実は陰ながら本当は役に立っていた、
 そのことにようやく気付き始めた―
 そんな今だからこそ、
 このような文章が
 紙面を飾っていたのかも・・・

 そんなことをこの文章から感じた私、です。

 そういえば、
 「無駄こそが最高の贅沢」

 そんなこと言う人も
 最近は増えてきたような気がしますね。
 
 

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2006/04/21

靄(もや)、晴れる

 実は私は、右と左にあまり強くない。
 いや、「あまり」というよりは正直かなり「あやふや」だったりする。

 例えば
 「ホラ、画面の右上にアイコンが出ているでしょ?」
 などとパソコンを覗き込まれて指示をされるともう舞い上がってしまう。
 結果マウスを左上に動かしたりすると、
 「そっちは左ですよ」
 あーもう、アタマん中真っ白って状態だ。

 大の大人が右も左も分からないなんて結構恥ずかしい。
 それでも、
 頭の中はパニックになりながらでも、
 必死で何気なさを装えばごまかしがきくものだから
 敢えて他の人に言うこともなく過ごしてきた。
 (人にはバレバレだったかもしれないが、
 とりあえず今までは・・・)
 が、ついに他の人間つまり夫にこのことを白状する日がやってきたのである。

 それは、
 我が娘も左右に弱いということがかなり明白になってきたこと
 によるためであった。


 それまでの私は
 「小さい子供は右左を良く間違えるもの」
 と何の疑いもなく思っていた。
 私自身がそうだったし、娘もそうだったから。
 そして、
 私が未だ左右に弱いのはつまり「鍛錬が足らぬから」という風に考えていたのである。
 しかしその娘より下の息子は
 さして教え込まれずとも幼くしてほぼ完璧に右左をマスターしている。
 そうなってみると
 「どうやらこの能力は徐々に発達するというよりは個人差のあるものらしい」
 ということに私もおぼろげながら気付いてきた。

 「あの娘、右左がまだよくわからないみたいなんだよね。
 おはしを持つ方と言ってやっても
 それでちょっと考えて、
 で、結局間違ってる方を選んでたりするの。」
 と、夫に私は告げた。
 「まあ、私がそうだからそれに似ちゃったんだろうけど」
 それを聞いた夫の仰るには、
 「・・・?右と左なんて上と下と同じぐらい明白なもんなんじゃないの?」
 つまり夫にとっては右と左の違いは上下と同じぐらい感覚に染み付いているものらしい。
 人によって、ここまで感覚とは違うものなのか!と私は唖然とした。

  「で、普段のときはいいんだけど、
 自転車に乗っていて曲がる方向を教えるときとか困っちゃうんだよね」
 (確かに、左右の弱い親が左右の弱い子に瞬時に指示するのである。)
 そう嘆く私に夫はこう言った。
 「じゃあさ、右左で教えるのをやめて、3時とか9時の方向って言うようにすれば?」

 はぁ?3時の方向って!

 「3時が右で9時が左、時計の文字盤だよ」

 そんなことはわかっているけど・・・!

 私の頭には
 自転車に乗りながら娘に
 「じゃあ次の信号で9時の方向に曲がって!」
 と指示している自分の姿がよぎった。

 「ちょっと、なんか変。軍隊調になっちゃうよー」
 「でも、いい方法でしょ?」
 そりゃそうだけど、
 人通りの多いトコではできないなぁ、やっぱり。

 といいつつも
 右左に弱い私も、ここ何日かその方法を頭の中で実践してみる。

 ・・・うーん、いいのだ。

 いやあ、左右が9時と3時とは。
 ちょっと大げさながら
 今まで40年間薄く靄(もや)のかかっていたひとつの世界が
 ぱっと開けたような気分である。

 なかなかやるな、我が夫!

 こんなことならもっと早くこのことを告げて相談しておけばよかった。
 とまあ、
 そこまでは思わないながらも、
 今の私には

 「○時の方向」

 という呼び方は、
 今ちょっとしたマイブームなのである。

 もしも未だ左右に弱い方がいらしたら、
 (そんな方がいらしたらの話だが)
 どうぞ、お試しくださいませ・・・

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2006/04/18

きれいな発音は大切ですか?

 「・・・いまの発音はスゴイいい、完璧なネイティヴだった・・・」
 こんな言葉がテレビから流れてきた。

 語っているのは外人タレントの司会者。
 番組は「英語で話せるようになろう!」をテーマにしたもの。
 努力して英語力を身につけた各界のひとびとが
 ゲストにやってきて彼を含む司会者陣とトークする。

 そこで上のような賞賛のお言葉。
 言われたゲストは、気恥ずかさの中にも、
 良い点をとって褒められた子供のような
 なんともうれしそうな表情をする。
 まさにゲストにとっては最大の賛辞なのだろう。


 きれいな発音。
 それこそネイティヴ・スピーカーと間違えられるような完璧な美しい発音は
 このゲスト氏ばかりではなく
 英語を学ぶものにとって憧れの的である。
 まだ日本語もおぼつかない幼児に英語を習わせようとするのだって、
 この美しい発音を獲得せんがための
 涙ぐましい決意の結果なのである。

 でも・・・
 (と、アマノジャクな私は思うのだ)
 でも、そんなにネイティヴな発音って必要なのだろうか? 
 私達が日本人の顔をしていれば、
 あちらさんだってそんなに完璧な発音を望んでなどいないのではないか?
 
 よくインタビューで応えている非英語圏のひとたちの発音だって
 結構それぞれの母国語訛りを感じることが多いじゃないか。
 米国人や英国人顔負けの発音を
 私達が必死で習得する意味は
 一体どこにあるというのだろう?

 「へぇー、きれいな発音ですね、完璧ですね」
 そう褒められることはそりゃあ素晴らしくうれしいことには違いはない。
 だがだからといって、
 きれいな発音で語るその言葉の内容が深まるわけでも高まるわけでもない。
 それは
 「きれいな発音ですね」
 という賞賛で終わってしまうだけのものなのである。

 もちろん
 言葉を仕事道具とする俳優などに限っては
 発音は完璧さを求められる。
 それは確かだ。
 だが、それ以外のひとについてはそれほど、
 少なくとも多くの日本人が思っているほど
 完璧にする必要はないのだと、実は私は思うのだ。

 あまりのでたらめな発音ゆえに意味不明になるのは
 むろん論外だが、
 ちゃんと意味が通じ、
 理路整然と主張を通すことができるのなら、
 日本人が日本語訛りの英語で語ったところ
 何の問題もない。
 むしろ、
 余計な気取りが感じられない分
 私には潔さすら覚えられる。
 

 たとえばオノ・ヨーコさん。

 ある意味世界で一番有名な日本人でもある彼女の英語。
 トリノ五輪の開会式での彼女の第一声、

 ”Imagine peace!"
 
 はカタカナの
 「イマジン ピース!」
 とも聞き取れるような
 私にはわかり易く耳になじむ音だった。

 それでも彼女の言葉には全世界が耳を傾ける。

 
 その有り様を見てつくづく思う。

 言葉は音ではない、
 言葉は意味であり
 それを発するひとの意思なのだ、と。

 私達が学ぶべきなのは発音の訓練ではなく、
 何を伝えたいかという内容と
 どうしたらそれを伝えられるかという方法なのだ、と。
 

 しかし、悲しいかな、

 英語を満足に話せず、
 RとLだってキチンと発音できない私が
 こう言ったところで
 「負け犬の遠吠え」
 にしか聞こえない・・・・
 

 それが 「現実」、
 
 かくも厳しい「現実」、だったりするのである。
 

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2006/04/11

幼い詩人たち

 子供が、詩集を持って帰ってきた。

 自分達の学校の詩集である。
 小1から小6までの全校児童がそれぞれ一編づつを載せている。

 ぱらぱらとページをめくっていき
 目に付いた作品を拾い読みしているうちに
 「ほほう」と思った。

 どうもこういうものには学年はあまり関係ないらしい。
 上級生になっても
 あどけない、詩というよりは作文というような作品を書いている子もいれば、
 まだ1、2年生だというのに
 こちらが「はっ」とするほど巧みに言葉を使って
 見事に詩の世界を作り出している子もいる。
 感受性とでもいうのだろうか。
 既にそれは、
 各々の感ずるままに花開いているのだ。

 そして、
 さらに気が付いたのは、
 目を引く作品には
 「寂しさ」と詠ったものが多い、ということだ。

 幼い子供の感する
 「寂しさ」
 「もの悲しさ」
 「やるせなさ」
 たどたどしい拙い言葉が綴るからこそその想いは、胸に響く。
 スレた大人からみると妬みゆえに「あざとい」と感じられるほどに・・・


 以前、
 何かで読んだのだが、
 ひとが他者の感情に一番共感しやすいのは
 「喜び」でも「怒り」でもなく

 「寂しさ」

 なのだそうだ。
 それは、

 「ひとは皆、
 どんなときでも
 例え賑やかな友人達との歓談の間においても
 心のどこかに寂しさを抱えて生きている」

 そのことの証明なのかもしれない。

 もちろん、
 この子たちが
 それを知っていて「寂しさ」をテーマに選んだのではなかろうが、
 なんとなく、
 「してやられた」ような気分になった。

 まったく、
 こういう世界には年齢は関係ない、な
 良くも悪くも・・・

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2006/04/04

コノハナサクヤヒメとイワナガヒメ

 ここらあたりではすっかり最盛期は過ぎてしまったようなのですが・・・
 先日さくらの語源について書かれている文章を目にしました。
 諸説ある中、
 コノハナサクヤヒメの名前からきているというものもあるとか。

 ・・・コノハナサクヤヒメ。


 子供のころに読んだ神話の本によると、

 彼女は、タカマガハラから下ってきたおぼっちゃんニニギノミコトに
 見初められた光り輝くばかりに若く美しい女神だったとか。
 ニニギに是非にと望まれ、姉のイワナガヒメ共々彼の元へと嫁ぎます。
 でも美しい妹と違い
 姉のイワナガヒメは岩のように丈夫ではあるがごつい身体の醜い姫だったため、
 疎まれ結局里へ返されてしまうのです。

 落胆するイワナガを前に姉妹の父はこう慰めます。
 「お前の良さが分からぬとは、
 タカマガハラのぼっちゃんはなんと愚かであることよ。
 お前と共におれば、岩のように長く生きる子が出来ようものを!
 あの妹とだけと暮らすならば子々孫々、花のように短い間しか生きられぬ
 それがわからぬお方とは・・・!」

 ああ、それゆえにひとは儚く短い一生を生きるようになった・・・

 そんな話でした。

 でも、
 私の心に強く残ったのは、
 人の一生が短くなったことを残念に思う気持ちより、
 醜さゆえに受け入れられず里に返されてしまった
 イワナガヒメのことでした。

 ・・・やっぱり美人がいいものか・・・

 と子供心には思ったものですが、
 長じて考えてみるにそこにはもっと複雑なものがあるような気がしてきます。

 彼女の悲しみは、
 多くの人の持つ普遍的な悲しみなのでしょう。
 自分ではないものを相手が選んだとき、
 自分の美点をかき集めて必死に自己を肯定しようとする。
 自分の良さが分からない相手を否定することで
 立ち続ける力を保つのです。

 で、もちろん若いとき、
 私は自分をコノハナサクヤではなくイワナガだと思っていました。
 今は選ばれなくとも
 自分には分かる人には分かる何かがあるはず。
 いずれ私を否定した人もその価値に気が付き後悔することだろう、と。


 でもニニギノミコトが後悔しなかったように、
 残念ながらそんなことは決してなかった。

 自分を必要としない者にとって、
 自分はどこまでも必要ではない。
 こんな残酷な事実に気が付いたのは、
 いわゆる「落ち着くトコに落ち着いた」あとのことでした。

 男女の話だけではなく、
 人間関係というのはジグゾーパズルのように、
 入るべきところに入らないとしっくりこないものなのかもしれません。

 そこを探して
 迷いさまようこと、

 それが人生なのかもしれませんね。


 ・・・とまあ、つらつらと
 コノハナサクヤヒメから始まった雑文、でした。

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