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2006/07/18

抗議されたら・・・

 ブログって難しい・・・
 そんなことを目の当たりにする機会があった。

 いつもお邪魔している「フクダカヨ絵日記」さんのこちらの記事
 何も考えることなくいつもどおり「クスっ」としていた私だったが、
 それについて疑問を投げかけるコメントが・・・

 いや、
 こちらのやりとりを拝読して
 ブログって、文章を公開するって難しいとつくづく思った。

 ある人にはほとんど何も感じない言葉でも
 その同じ言葉が別の人にはナイフのように突き刺さることもある。
 残念ながら
 こちらには微塵の悪意も無くても
 受け手によっては不愉快に取られるのは
 致し方ないことだったりするのだ。

 私自身は
 「その種のことに敏感でありすぎることは無い」
 そう思って細心の注意を払って更新をしているつもりであった。
 だけれど、いやそれだからこそ
 私にはいい子ぶりっこのつまらぬ文章しか書けなかったりするのだ。
 (前回の記事、雨に関してのもの
 「大変な目にあっているひともいるのに!」
 というご意見をかわすために後半をつけている。
 非難が来る前に予防線を張っているのだ。)

 「他人を傷つけるくらいなら、つまらない文章を書いていたほうがいい」
 という意見もあるだろう。
 また反対に、
 「思ってもいないくせに善人ヅラすることこそ不愉快」
 というのもこれまたもっともな気がする。

 でも
 ひょっとしたら、
 読み手の心に何か一石を投じたいのならば、
 そのような予防線など張っている場合じゃないのではなかろうか?
 細心の注意、
 それを払うのはもちろん必要なことではあるのだろうが・・・
 

 せめて、
 どんなコメントが来ても
 それに対しドンと受け答えができるようになれれば、
 などと思う。

 いや、
 小心者なので、
 それができれば苦労はないのだけれども。

 実際には
 ちょっとした反論にあっても
 赤くなったり青くなったりした挙句
 落ち込む度合いも甚だしいのが現状だったりするのだが・・・


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コメント

カヨさん、
このような辺鄙なサイトへご足労いただいたたげでも恐縮なのに、コメントまでいただき本当にありがとうございます。

カヨさんの絵日記は鋭い描写もありますが、
何でしょう、それを和らげるユーモアのセンスに溢れているというか・・・そのようなものを持ち合わせない当方にうらやましい限りです。

これからもクスッとさせてくださいね。
今までどおりの大らかでいて核心を突くような楽しい記事を楽しみにしております。

投稿: ぞふぃ | 2006/07/23 18:06

ぞふぃさん
ありがとうございました。
私、もっと抗議されそうな記事いっぱい書いているので、とても驚きました。そしてそのくせやはりど〜んと答えられません。青くなります。小心者です。

投稿: カヨ | 2006/07/23 07:26

>Bachさん、こんにちは。
先日の件、気にしていただいていてすみません。
そしてまたも丁寧なコメントをありがとうございました。
仰ること、全くそのとおりだと私も思います。
また拙文へのお心配りにも感謝です。
ご訪問ありがとうございました。


>ゴトウさん、こんにちは。

>成り立たなければそればそれでよし

そうですか、なるほど。
そういうふうに思い切ることも大切ですね。
コメントありがとうございました。

投稿: ぞふぃ | 2006/07/19 12:54

ぞふぃさん、私も見てみました。
いいじゃないですか。お互いに。
相手を尊敬しながら、きわどい冗談もいい、それはそれで成り立つ人間関係があり、成り立たなければそればそれでよし。
ゆっくり行きましょう!

投稿: ゴトウ | 2006/07/18 23:45

テーマにされました「フクダカヨ絵日記」を覗いて参りました。
私も先日抗議めいた文面をぞふぃさんに投げかけた手前,どうも気になりましたものですから(*^_^*)
確かにブログで文章を公にする以上,どのような突っ込みにも合う覚悟は必要ですね。私も「愛国心」を話題にした時に反論に合いました。
世間には色々な感覚の人達がいるものです。道を普通に歩いていても,望まぬ事件に巻き込まれることだってあります。
それが人間社会なんでしょう。
ですから,万人の賛成を得ることなど不可能です。万人の意見が一致した方が「間違い」であると言った賢者(誰だか忘れました!)がいるほどです。ですから,それほど気を遣うこともないかなあって近頃思います。まあ,ベンサム風に「絶対多数の方に幸福があるのならば,そっちの意見に従おうかなあ」では個性や進歩もなくなってしまうように思うのですが,どうでしょうか?
話を戻せば,「はげ」をこき下ろすような表現ではないし,それなりに気配りの行き届いた一こまだと思います。
絵と文章と表現は違いますが,ぞふぃさんの文章にもその気配りがいつも感じられます。だからまた立ち寄って見たくなるんです。
けちをつけようと思ったら,どんなことにもけちをつける名人が世の中には五万といますよね。
あの絵は,貴方の文章と同じで思いやりに満ちたものだと感じましたよ。

投稿: Bach | 2006/07/18 20:44

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