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2006/07/25

すぐ身近にある貧困

 ある日、突然今の生活が破綻したら・・・

 このような書き出しは、
 いかにも「奇をてらったもの」であまり好まないのであるが。
 しかし、
 よくよく考えてみると
 自分の今の生活というものがいかに脆弱なものの上に成り立っているのかを
 痛感する機会に出会ってしまった。

 またもテレビ番組の話題で恐縮なのだか、
 一昨日放映の「ワーキングプア」という特集。
 働いても働いても豊かになれない…。どんなに頑張っても報われない…。
 そんな、
 現在の日本に急激に拡大しているという「働く貧困層」、
 それをテーマにしたものを観たのである。

 紹介されるのは
 求職中だが年齢制限でなかなか職につけない34歳のホームレスの青年、
 税金はおろかアルツハイマーの妻の介護保険も払えないほど困窮した仕立て職人の老人、
 農産物の低価格化で出荷しても赤字にしかならない農村の家族
 ―家計を支えるのは息子の日雇い収入、それも近頃は数が減少気味だ―、
 5年前に職を失いアルバイト3つを掛け持ちして
 男手ひとつで子供2人(中学生と小学生)を育てる50歳の男性
 ―大卒の彼はせめて子供にも大学ぐらいと思っているが
 教育費の捻出も現状ではままならない―、
 などなど・・・

 特に私がショックだったのは子供を抱えた男性のエピソードだった。
 多分それらの中で
 その話が今の自分に一番近いケースと言えるだろうから・・・

 全くもっておこがましいことなのだが、
 私は「貧困」というものをそれまで身近に考えたことがほとんどなかった。
 つまり、
 現在のこの国においては
 「貧しい」ということは―誠に申し訳ない言い草なのだが―
 ある程度の努力をしていない結果のように思っていたのである。

 だが、「貧しさ」というものはそんな単純なものではなのかもしれない。
 真面目に学業を修めたのちきちんと働いていて、
 ごく普通の生活を営んでいたようなひとでも
 脇にポッカリと開いた穴に吸い込まれるように落ちていってしまうことがあるのだ。
 それは、失業や疾病という形で突然訪れるときもあるだろう、
 じりじりと値が下がっていく農産物の価格のように
 ゆっくりとしかし確実に迫ってくる場合もある。
 そして一度落ちたら最後、
 どんなにあがいても
 その暗く深い「貧困の穴」からは容易に抜け出すことが出来ない。
 貧困は世代を超えてその子供達にも重く圧し掛かっていくのである。

 テレビに映し出される
 そんな「社会の底辺に沈み込んだ」ような人々の様子を見て、
 多くのひとがそうするように、
 私も、自分の身
 ―学校は出たとはいっても
 もう10年以上正社員として働いてはなく、
 特にこれといった技術もない40過ぎの自分の身―
 に置き換えて考えてみる。

 ・・・
 もしも、もしも
 今この時
 家計を支えるひとを失ったとしたら
 ふたりの子供もろとも
 たちまち貧困の底に落ちていってしまうかもしれない我が身に気が付いた。
 震えが来た・・・

 穴は、
 すぐ隣でいつでも口を開けて
 誰かが落ちるのを
 待っている。

 たまたまの幸運がこの生活を支えている、

 それを
 多くの人は
 「気が付いていないだけ」
 なのかもしれない。


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コメント

涼さん、再度の書き込みありがとうございます。
コメントを拝読して、子供のころ親がデパートで買い物をしている間時間つぶしをしていた場所を思い出しました。
小学生低学年くらいまでは玩具売り場、それから後は本のコーナーになりましたね。
長じて大学生になってから、一時的に化粧品コーナーになったときもありましたが、それもやはりいっときのこと。
結局は本屋が一番飽きません(笑)。
やはり、「クライマーズ・ハイ」はこの夏絶対読みます!
怠け者の読書熱に火をつけてくださりありがとうございました。

投稿: ぞふぃ | 2006/07/28 12:15

今日のお花の記事にも反応したい 涼 です(笑)

子どもの頃はね、本一冊手に入れるのもなかなかだったのです。夏休みに叔父が買ってくれるのが楽しみだったのですが。それと、月間少女雑誌以外に、年に二冊 親が買ってくれました。

(バイトも含めて)自分で稼ぐようになってから、反動のように、やたら本を買い始めましたが、今も憑かれたように買っています。おしゃれとは無縁なのでね(苦笑)

投稿: | 2006/07/27 17:33

涼さん、コメントありがとうございます。
家族を養っているっていうのは大変なんだ、ということを今更ながら実感した次第です。
それと同時に、「生きる」っていうことは本当は大変なんだということも・・・

ところで「クライマーズ・ハイ」、是非読んでみたくなりました(笑)。
こうやってポンと「本買おうかな」と思える自分の境遇に、何とは無く感謝します。

投稿: ぞふぃ | 2006/07/27 12:12

この記事を拝見しているときに、「クライマーズ・ハイ」を読んでいました。
自らに正直であるために職を失うかもしれない場面で、家族の顔が浮かんで 主人公は自分を殺します。

私も、病気を得て退職しました。幸い家人がいたので、それが可能だったのですが。

国民全部が(とはとても言えませんが)そこそこ暮らしていけた時代から、より生存競争が激しくなってきたように感じる昨今です。

投稿: | 2006/07/26 20:48

そうなのですか?
やはりここまで来ると再出発はきついということなのでしょうか・・・
例えnofumoさんのように特殊技能がおありでも?

ますます身を引き締めてしまいます。
再度のご訪問、ありがとうございました。

投稿: ぞふぃ | 2006/07/26 19:33

ぞふぃさん、こんにちは。

いえいえ、実際充分に現実にあり得ることなのですよ。日々実感しているのが実情です。

投稿: nofumo | 2006/07/26 13:07

nofumoさん、コメントありがとうございます。
そうですか?
nofumoさんは、ずっと社会の第一線で働いていて技能も経験も豊富におありなのに・・・
そのような心配とは無縁の方のように思い、密かに尊敬していたのですけれど(笑)。
でも、確かに

>未来永劫にわたって確実なものなんてない

のですよね。そのような吹きさらしの只中で
のほほんと暮らしていた自分を思い、
ちょっと愕然としました。

投稿: ぞふぃ | 2006/07/26 12:53

私も見ました。ぞふぃさんとはお気楽度が違いますが、見ながら私も自分の身に置きかえ、不安に襲われました。

>たまたまの幸運がこの生活を支えている。

仰るとおりです。私もたまたま職にありつき生活をしていますが、それが壊れる恐怖が現実となってまざまざと迫ってきました。

未来永劫にわたって確実なものなんてない、というのが最近の私の心境です。いざというときの心構えは必要なのでしょうね。

投稿: nofumo | 2006/07/25 21:58

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