« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »

2006/12/28

めでたくもあり・・・

 門松は冥土の旅の一里塚 
       めでたくもありめでたくもなし   一休宗純

 というわけで、
 いつもながらのあっという間の年の瀬である。


 昔、知人がこんなことを言っていた。

 「年を負う毎に一年がどんどん短く感じられでしょ?
  それは決して気のせいなんかではなく、
  本当に短くなっているんですよ。 

  人間とは、
  自分のそれまでの一生に占める割合で
  一年の長さを感じるものだから・・・
  満一歳の赤ん坊にとってはその一年はまさに全人生であるし、
  百歳のお年寄りにとってはわずか1/100の長さでしかない。

  こうして、去年より今年、今年より来年と
  確実にその人にとっては一年の長さというものは
  短くなっていくものなのですよ・・・」


 なぁるほど
 そう言われてみれば、そうなのかもしれない。
 だが、
 本当だとして
 「来年は、今年より確実に短い」とは
 なんだかもの悲しくなるような話である。


 ろうそくが
 どんどん燃えていって小さくなっていくように
 人生とは限りあるもの・・・

 そのことをみんな知っているはずなのに
 またあと4日後には
 この国ではそこらじゅうに「おめでとう」という言葉が行き交う。


 何が、めでたいのだろうか?

 まだ真っ白く
 ひょっとしたら今までになく良い年になるかもしれない
 「新しい年」が、なのだろうか?
 それとも
 この「現世」よりはもっと良いであろう「来世」に
 一歩近づいたということが、か?
 もしくは、
 何とか今まで無事に生きてこれたという事実を
 感謝する意味での
 「めでたい」なのか?

 ・・・

 いや、なんと屁理屈をこねようとも、
 とにかく
 「新しい年はめでたい」
 それだけのことなのかもしれない。

 
 多分、

 いいえ、確実に
 今年より短いであろう来年だが、


 それだからこそ、
 ・・・短いからこその新しい年の皆様のご多幸を

 心よりお祈り申し上げたい・・・


 それが、
 2006年の年の瀬の

 私からの皆様への
 ささやかなメッセージ、であります。


 (12/30~1/7まで帰省のためネットを離れます
 どうぞ皆様よいお年をお迎えください・・・)


| | コメント (2)

2006/12/26

Oh!そうじ!

 12月にはいってからというもの、
 なんとなく機嫌が悪い日が続いていた。
 そう、
 頭の上に常に
 何かが覆いかぶさっているかのような不快感・・・
 徐々に追い詰められていくような、脅迫感・・・

 理由はわかっているのだ。

 ・・・それは、大掃除!

 ああ、憂鬱である。

 我が家は毎年休暇に入ると同時に帰省してしまうため
 年末大掃除はどうしてもそれまでの週末が勝負になる。
 「年賀状の作成やクリスマスの買い物など他にもやることは目白押しだってのに!」
 と、思うように進まぬ進捗状況に
 イライラ度はUPしていくばかりなのだ。

 それに加え
 この季節になると
 テレビもラジオも雑誌も大掃除ネタを大いに取り上げ始めるのも
 さらに私を追い込む。
 「今年のヨゴレは今年のうちに・・・」
 という(古い?)決まり文句に始まり、
 「効率の良い掃除の仕方大特集!」
 「よい掃除道具の選んでラクラク大掃除!」などなど。
 そういった「お得情報」や「おばあちゃんの知恵袋」が
 「まだやってないのかよ、早くやれよ」との言葉にすり替わり押し迫ってくる。
 こうして、不機嫌さは年末に向けてさらに膨らんでいくのであった。

 さあ、これが炸裂する前になんとかしないと・・・

 というわけで意を決し
 クリスマスを返上しての大掃除大会となった先週末の我が家。

 クリスマスパーティーの打ち合わせだのお稽古事のレッスンだのと、
 なにかと言い訳をつくっては脱走を企てる<子供その1>を相手に
 押したり引いたりの駆け引きをする。
 ほっとくと雑巾を投げて遊び始める
 はっきり言って戦力外の<子供その2>の様子を適当に見回る。
 そして、
 お風呂のカビとりに情熱を注ぐ<もうひとりの大人>のサポートをしつつ
 自分は食器戸棚とレンジ廻りのヨゴレと格闘すること数時間。
 23日から始まったそれは
 ようやく24日の日没前に無事終了したのであった。(ほーっっ)

 というか、
 正確には時間切れのための次回持ち越しとなったというところなのだが・・・

 ・・・

 結局クリスマスイルミネーションや
 華やかなショッピングとは無縁のイブとなった今年のクリスマス。
 だが、
 私の精神衛生上には誠に好ましくあった一日だった。
 その夜の燭火礼拝は
 すばらしいソプラノ独唱が堪能できた素敵なものでもあったが、
 それもさることながら私の幸福感を高めるのは、
 「もう大掃除は終わった!」という厳然たる事実。


 そして今、

 多くの、もう大掃除を済ませた人々と同じく、
 私は声を高らかに叫ぶのである。

 もう、大掃除、終わったんだもんねー

 もちろん
 それが「これから・・・」という人々にとっては
 不愉快極まりないことは重々承知の上なのであるが、

 知っていながらも
 それを言わずにはいられない

 オトナ気ないワタクシ、なのであります・・・

| | コメント (3)

2006/12/21

冬、至る

 ・・・唐突であるが、

 「冬」という言葉がかなり好きだ。
 多分「春」よりも「夏」よりも「秋」よりも・・・

 字の形も、
 他の3つの季節より
 シンプルですっきりしている。
 その季節をあらわすようかのような
 余計なものをそぎ落とした
 悲壮感すらただよう張り詰めた美しさ。


 そして「ふゆ」というその音。

 この言葉は、
 最も口が小さく開かれる「ウ段」の音しか無く、
 子音も”f”のような空気のすうっと抜けるようなものと
 ”y”のようなその子音自体があるのかないのかという微かなものでできている。

 ふわふわとしたような
 ぼんやりとしたような
 なんと頼りのない、
 そして優しく柔らかい「ふゆ」。
 (実際の冬は、
  こんな寂しく厳しい季節だというのに・・・)


 明日は、
 その「冬」が至るという「冬至」の日。

 この日がやって来て、そして行過ぎていく。

 ・・・太陽が戻ってくる。

 そうは言っても
 冬本番はもちろんこれからなのだが
 (それはそれでまた嬉しい)

 そんな不思議な心躍る日、だ。

| | コメント (2)

2006/12/19

13年前のこと

 13年前の今日、私は結婚しました。

 年の瀬も押し迫った季節こと。
 バタバタとその準備に無理した結果
 そのとき私は風邪を引いていました。
 当日は咳き込むの抑え平静を装うのに必死な花嫁でした。

 そんな13年前、1993年。
 この年がどんな年だったか
 みなさんは覚えていらっしゃるいますか?


 年の初めにアメリカではクリントン大統領が誕生
 春にJリーグ開幕、
 初夏の頃、皇太子ご成婚があり
 夏に細川連立内閣が成立
 秋以降は冷夏による米不足が深刻化。

 世相としては、
 ナタデ・ココが流行り
 チャゲ&飛鳥の「YAH YAH YAH」が街には流れ
 テレビでは真田広之の「高校教師」や
 江口洋介の「一つ屋根の下」が話題になり
 映画は「ジュラシックパーク」が大ヒット。
 「サザエさんの秘密」「ワイルド・スワン」「マディソン郡の橋」などが
 本屋に積まれていた・・・

 そんな年。

 ・・・

 いやはや、
 あれから13年もたったのですよ、みなさん。
 ものすごい昔のようでもあるし、
 ついこの前のことのようにも思える。
 時の流れっていうのは
 全く早いんだか遅いんだかよく分からないところがありますね。
 

 私にとっては
 苗字が変わり、親になり、仕事をやめ、、また再就職し、
 という目まぐるしい日々。
 ですが、みなさんにとっては?
 この十数年は、どんな日々だったのでしょうか


 人によっては
 取り立ててなんの印象も無いかもしれない1993年。

 
 ですが、よかったら
 今日はちょっとご一緒に 
 この年のそれぞれの思い出に想いを馳せてみませんか。
 
 ここを訪れてくださったのもせっかくですし、

 これも何かのご縁かもしれませんので・・・


 

|

2006/12/14

「命」ですか・・・

 一昨日12日、「今年の漢字」が選ばれましたね。

 「命」、ですか・・・

 「命」「命」「命」、世界で一番大切なもの、「命」。
 これを失うことは、即ち全世界をも失うことになる・・・

 そんなことは、大人から子供まで皆知っているはずですよね。

 でも、
 その実はこの「命」驚くほど軽いのだ、と思うことありませんか?

 多分
 それが今の世界の、いや有史以来の世界の現実なのではないでしょうか。
 (その昔「人命は地球より重い」なんて言った人がいましたけど、
  それは残念ながらタテマエでしかないようです)

 知力や胆力がある者が世を動かし、
 また腕力をチラつかせる乱暴者が横行し、
 それにまとわりつく姑息な者がゴマゴマうまくやっていて、
 それに対し
 弱く知恵のない者、覇気の無い者は切り捨てられていく・・・

 そんなことはずっと行われてきたことなのです。
 (だって「淘汰」って結局はそういうことなわけでしょう?)
  
 それが、
 今年西暦2006年は殊更だったわけではない。


 それでも

 この字が選ばれたのは
 やはりあの「新しい命のご誕生」ゆえなのでしょう・・・

 あたかも
 その出来事が
 暗い世相を光り照らす一筋の光明だったから


 いや、すごい

 やっぱり
 41年ぶりの男子ご誕生って
 ものすごいことだったのですね。

|

2006/12/12

家族写真

 ・・・
 家族で写真を撮った。

 三脚を使っての4人揃った恒例の家族写真。
 それを来年の年賀状に使用するための撮影である。


 そういえばここ数年、
 家族(もしくは子供)写真入りの年賀状を
 受け取らなくなってきた気がする。

 子供が照れていやがったのだろうか。
 (小学校も高学年となると、ね)
 または親のほうが加齢による変貌を意識してのことなのだろうか。

 いずれにせよ
 もう「仲良し家族」や「可愛いの子供」を
 自慢し合う時期も過ぎたということなのかも・・・


 そう思いながらも
 今年もまた撮影に出かけた私たち4人。

 外苑の銀杏並木は
 今年も素晴らしく、
 写真撮影をする老若男女で溢れかえっていた。
 地面はまるで黄色い絨毯が敷き詰められているよう。
 見上げれば枝枝の隙間から冬の陽光がきらめいている。
 去年と同じ
 いつもと同じ美しさだ。

 だが、
 去年まで落ち葉をまき散らし絡みついて遊んでいた子供たちは
 今年はややおとなしめ。

 来年は?
 そしてその次は?

 年を追うごとに、
 目には見えないが変わっていくものが
 確かにここには存在している。


 それでも

 今回も
 出かけることには
 文句を言わず付いて来たのだから・・・

 まだしばらくは

 我が家では
 家族写真入り年賀状を

 続けられるかもしれない、ね・・・


| | コメント (2)

2006/12/07

「恋」が「愛」に変わるとき

 12月に入り、
 年の瀬も押し迫ってきた今日この頃。
 帰宅して郵便受けを覗くと、
 欠礼のお知らせがちらほらと入っている季節となった。
 
 その文面に目を通すと、
 亡くなられているのは私たちの親世代の方。
 ふと、
 その欠礼はがきの差出人である友人の結婚式のことが思い出される。
 亡くなられた方を最後にお見かけしたのは、
 大概の場合、礼服あるいは留袖に身を包まれたその席だった。
 ご夫婦が一対になって、
 我が子の晴れの舞台に気を張っている姿。

 ・・・そして今ひとりが亡くなり
    残された片方の方はどのように過ごしておられるのだろうか。

 
 ・・・・

 「うちは代々男のほうが先に逝くようになっているから・・・」
 そう、夫が言ったことがあった。
 だから、後のことはよろしく頼むというような口調であった。
 
 ちょっと、そんな勝手に決めないでよ、
 私だって一人残されるのはごめんだわよ、と思うのは私。
 内心、
 そんな勝手に決めちゃってるけど
 どうなることかしらねぇ
 と小意地悪く考える。

 しかし、
 私たちのやや上の世代になると
 人生の最後は断然夫を送ってから、と
 考えている女性が多いようだ。
 実際夫の母も自分の母も、そのように言っていた。

 その言葉を聴くたびに
 「かなわないなぁ」と思うのだ。
 この人たちの想いは既に
 「恋」ではなくて「愛」の領域に入っている。 
 残された自分よりも、
 残された相手の寂しさを思いやる
 そういう「愛」領域に。

 見合い結婚で、
 多分ホレタハレタとは無縁に暮らしていて
 しょっちゅう相手の悪口を言ってる。
 それでいながら
 最後の最後にはそういう心境になれるものなのか?
 それが夫婦というものなのか?

 昔どこかで聞いたセリフだが、
 「夫婦とは
 最初は男女であり
 後に兄妹になり
 しまいには母子になる」というものらしいが・・・

 ・・・・

 正直私はまだまだそんな気分にはなれていない。

 もっとも、
 そんな私の考えを聞いて、
 ある友人はこう言っていた。

 「だんなさんがいなくなったあとの生活を一人で楽しみたくはないの?」
 
 ま、
 「先に送ってから・・・」と思われている方たちにとっても
 こちらのほうの理由が全くないわけでもないのだろうが・・・
 

| | コメント (4)

« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »