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2007/09/06

映画は世界を変えられるか?

「ホテル・ルワンダ」という映画を観た。
これは1994年のアフリカの小国ルワンダで実際に起こった
大虐殺を描いた作品である。

もうすぐ21世紀という時代に
ひとつの民族が敵対する別の民族の絶滅を目指して
集団で手にナタを持ち隣人を殺しまくるという
聞いただけでも身も毛もよだつような事件。
この悲劇に対し国際社会は
それぞれの大国の思惑から介入が遅れ
一説によると100万人もの人々が惨殺されたというルワンダの大虐殺。


私もまた、
多くの人と同じように
1994年当時そんな悪夢のような事件が起きているとは
全く知らずに生活していた。
二ユースでこの事件を初めて聞いたのはいつのことだったか。
記憶に定かではないが、
たぶん大虐殺を行っていた勢力が劣勢にまわり
国外に逃げ去った後のことだったような気がする。
つまり、
「こんなひどいことが起こっていたんだ」という
過去の事件としての報道だったのだ。

そしてあれから10年以上が過ぎ、
当時のホテルマンであった主人公の物語が映画化された。
それが、この「ホテル・ルワンダ」。


鑑賞後、
この映画のレビューのページに目を通してみた。
目に留まったのは2つのレビュー。
1つは当時からこの事件を知って抗議活動もしていた人の
「今更、遅い、自分がこのことを世に訴えたときは皆が冷ややかで無関心だったこの虐殺に今更、このような映画を見せつけられて、何を感動しろというのだろう・・・起こった後で涙を流して何の意味があるのだ」というもの(詳しくはこちら)
そしてもう1つは、「この映画を知って無関心だった事件に関心を持つようになった」というごく普通の人の姿をややシニカルに描いたもの(これはこちら


起こった後で涙を流して何の意味があるのだ

この映画をみて目が覚めた、・・しかしそれだけである。


そう、
このような社会派と呼ばれるような映画に
真正面から向き合えば向き合うほど、
これらの言葉は身につまされるものとなる。

映画を観て
自分の知らなかった出来事を知る。
無知を恥じ、
自分の安穏とした生活を恥じ、
結局は何もできない自分の無力さに恥じ入る。
でもそう思いながらも
その日かあるいは何日か後の夕食には肉を食べ、
テレビを見てゲラゲラ笑い、
暖かい布団につつまれて安心した夜をいつもように過ごすのが私たちなのだ。
あたかも
何も変わらなかったかのように・・・


映画は所詮娯楽だ、という人もいる。
そしてそれは実際のところ真実なのだろう。

その娯楽である映画に
この世界を変える力は果たしてあるのだろうか?

・・・

正直
私にはわからない。

ただ確かに言えるのは、
この「力はあるのか?」という問いが
私を含めた何人かの
安穏と暮らしている人間の中に生まれたということ、

そして
その問いが生まれたことは
わずかにせよ
感傷や同情以上の確かな意味のあることであるはず・・・


そう思いたい
いやむしろそう信じたい

そんなふうに思う私、なのである。


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