仲間内ブログを
広く公開するの何故なのか
「日記ブログなんて
所詮友達や知り合いしか読んでくれないもの。」
先日こんな文章を目にしました。
随分と痛烈な言葉ですけどね。
実際今現在
世の中に満ち溢れているブログの多くは、
「ダレダレとドコドコへ行ってきました!」とか
「ドコドコでコンナ料理を食べました!」とか
「昨日はコンナ作品を完成させちゃいました!」とか
こうした日々の生活の報告を主としている、
いわゆる日記ブログです。
確かにこれらの日記ブログの読者とは
筆者のネット友達や知り合いがほとんどなのかもしれません。
だって正直な話、
普通の一般人の生活がそんなに多くの興味を引くとは思われない。
だから辛口に言えば
「あなたの日記ブログを読むのはせいぜいあなたの友達ぐらい」
ということになるのでしょう。
でも
逆に言うと
こういう日記ブログというもの自体、
実は最初から
いわゆる
不特定多数の読者・沈黙のオーディエンスに主眼を置いて
発信されているものじゃない、
のではないでしょうか。
つまり
多くの場合は
内輪の知り合いやブログ仲間であるお友達に向けて
(もしくは彼らを意識して)
発せられている文章であったりするワケです。
「(お友達の皆さん、)私はここに行ったのよ、
楽しかったわよー」
的な報告をまるでメールを打つかのように
ブログに載せる、
もちろんお約束のようにその友達の面々からも
「いいなぁ私もいきたい」的なコメントがつくわけです。
そういう交流が
こういう仲間内の日記ブログの重要な要素であり主な目的。
つまりこの手の日記ブログとは
「自分の意見を世に公開する場」というよりは
「自分と仲間の交流を助ける媒体」としての役割に
より重点をおいた存在ということなのでしょう。
実際こういう使い方をしている人の割合は
ブログ運営者の中で少なからずいらっしゃる。
それはブログの一つの形として
誰もが認めているところなのです。
それでも
私が気になってしまうのは
その少なからず内に向けられているはずの日記ブログが
当然のことのように
ネットを使う全ての人に向けて公開されているという点。
つまり
仲間内以外の人間にもソレを公開しているという点なのです。
例えば
「昨日はようやくバレンタインのチョコ材料を買ってきましたぁ!!
ジャーン見てくださーい・・・・
これから頑張ってつくりまーす!
出来たらUPするからねー!
じゃお楽しみにー!!」
という記事を偶然通りがかった一見さんが読んだとしましょう。
果たしてその一見さんの反応というのは
どんなふうなものなのでしょうか。
もちろん、
必ずしも不毛な結果だけではないとは思います。
偶然通りかかったり検索の結果ヒットした人が
その食事した店や
その旅行した土地、
あるいはその趣味(ここでいうとチョコ作り?)に
興味を持っていたとしたら新たなる同好の志を結びつけるきっかけとなることでしょう。
「私もお仲間に入れてください」という申し出を受けることにつながり
より充実した人間関係を築くのに役立つことになるのかもしれません。
でも、
実際の話そんなことは滅多にない。
大抵はそういうところまでは結びつくことはなく
「ああ仲間内で楽しんでやっているんだな」程度の感想で
終わってしまうワケです。
ヘタしたら
「へっ!勝手にやってろよ!」みたいな嫌悪感すら
抱かれてしまうかもしれない・・・
それが実際のところなのではないでしょうか?
・・・・
いや、
自分のブログで何を書こうと
それはその人個人の自由であり
なんの縁もゆかりもない人間がソレをどうこう言うのは、
全くの言いがかりに過ぎないことは重々承知していますし、
もちろん
「こういう日記ブログを仲間内で楽しんでいる人たちは
皆ブログをやめてSNSに行くべきだ!」
なんて乱暴なことを主張するつもりもないのですが。
ごめんなさい、
どうしてもそのこと
「友達への発信」が公開されていること、に
どうしようもなく違和感を感じてしまって・・・
そのことが言いたかっただけなのです。
ひょっとしたら
そのことに違和感を感じるということは
私という人間の度量が狭いということの
証明に他ならない
ということなのかもしれないのですが・・・
実際、
どこかの誰かが語っていた主張を
もっともらしい顔して自分の意見のように書き連ねている、
そんなエセ主張系ブログよりも
こうした「仲間同士の日記ブログ」のほうが
よっぽど罪の無いもの
なのかもしれないですし、ね・・・・
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