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2008/08/07

8月6日、深夜

日本人なら
誰もが知っているはずの日、8月6日。

自分で言うのもなんだか
生真面目な少女だった私は
この日を特別な日だと心に決めていたものだった。

普段どんな毎日を送っていようと、
この日は身を謹んで
たとえばゲラゲラ笑うようなおふざけ番組は決して観ずに、
あの多くの人々の恐怖と苦しみを再認識する
そんな一日であるべきだ、と。


……

だが、
我が家の子供たちは
そんなかつて私の思いには一向に無関心にみえる。

いつものように
おばかなクイズ番組を観、そのスペシャルドラマを観る。
ゲラゲラという笑い声で溢れる我が家の居間。


原爆の話は知っているよ。
学校で習ったもの。
話も聞いたよ。
でも私はああいう怖い映像を観ると夢に見ちゃいそうで怖いの。
だから、イヤ。
ああいう怖い番組は観たくない。

そういう子供に
私はその手のドキュメンタリーを見せるのを躊躇する。

この子はやがて
街角のアンケートで
「8月6日って何の日だっけ?」
といっていたあの若者と同じような大人になるのかもしれない。

そして
そうなったとしたら
それはやはり
親である私の責任なのだろうか。


子供も寝静まり、
スポーツニュースを観る夫の横で洗濯ものを畳むいつもの夜が更ける。
気が付いたら
時計は回って日付は8月7日になっていた。

特別な日はこうして終わった。


……


日々、
風化していく戦争の傷跡と恐怖に、

……ごめんなさい


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