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2008/10/23

他人のはじまり

ふと見かけたとあるサイトに
小さなきょうだいの姿を見た。

犬ころのようにじゃれあうふたり。
一見、ともに無邪気そのものに見えるふたりなのだが
しかしその間にはほんのわずかでありながら小さいが深い溝がある。


下が
どんな仕打ちを受けようとひたすら無条件に無心に上を慕うのに対し
上は

あるときは可愛がったり
あるときは疎んじたり
また、あるときはヤキモチを焼いたり……

その感情の動きはいまだ幼児でありながら、
下の単純さに対し極めて複雑だ。


私は2人兄妹の妹であったから、
だから
そのような心の揺れはほとんど感じた記憶がない。
だが、
長子である兄は
幼いうちから自分でもそうとは気付かずに
いろいろな思いをじっと溜めていたに違いない。
母曰く、
「口数は少なく我慢強い子」だったという兄。


それでも
私が彼の小さな愛憎を理解することがなかったように、
兄もまた、
自分に疎まれつつも絡み付いてくる
私の無条件反射のごとき反応を
生涯理解することはなかったのだろう。


あるとき突然
それまでの自分中心の世界を
小さな闖入者をかき乱されてしまった兄(姉)と
自分がある世界を壊してしまったにもかかわらず
その罪の自覚もなく
無条件に上の好意を信じる弟(妹)。


「きょうだいは他人のはじまり」、というが


確かに。

この二者の関係は
その始まりから思った以上に

相容れないもののある関係

なのかもしれない。

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2008/10/16

鉄子、予備軍

「鉄ちゃん」という人種がいる。

いわゆる鉄道マニア。
女性になるとそれは「鉄子」とも呼ばれているようだ。

時刻表に極めて精通していたり、
私には皆同じように見える車両の細部違いについて熱く論じたり
線路の幅や種類に並々ならぬの興味とこだわりを持ったり
自宅の一部屋は鉄道模型のジオラマに占領されていたりする。

オタクの典型とも思われがちなこの「鉄ちゃん」。
世間一般には評価はかならずしも芳しくない。
音楽やスポーツに打ち込んでいるのが絵に描いたように好ましい趣味とされているのに対し、
「趣味=鉄道」と声高らかに宣言する「鉄ちゃん」は少ない。
むしろ世間一般には気付かれることを嫌い、
同好の仲間内でひっそりと盛り上がり競い合うのが「鉄ちゃん」活動の真髄である。

ああ、良いなぁ。


もちろん私は鉄子ではない。
残念なことに、自分にはそれほどの熱意も根性も無かったので


だが、もし結婚して息子をもったら

「その子が私に代わって筋金入りの『鉄ちゃん』になったらなんか嬉しいなぁ」
と若い頃はかなり真面目に考えていたほど、

実は「鉄子、予備軍」なのである。
(かつてそのことを友人に話したときはその友人は微かにひいていたが……)


この前も
「自分の中の鉄道マニア度に気が付いて戸惑った」という文章を
新聞で目にしたことがあった。

読み終わり一人ニヤリとする私。


この文章を書いた先生や私だけではない。


鉄ちゃん/鉄子予備軍の潜在数は、

実はかなりの数に上るのでは、と私は最近とみに考えている。


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2008/10/14

つながってないようでつながっている世界

いつのころからだろうか。
コメントへの返信のないブログに魅力を感じるようになった。

たとえどんなコメントであっても、
読んでくれた人からの反応は
それが悪意に満ちたいたずらではない限り
無条件に嬉しいもののはず。
その嬉しさを感じながらも
自分の書いたものへ某かの反応を示してくれた人に、
返事を書かないことは
ある意味非常に潔いことのような気がするのだ。

つまり、
私の書きたいことは本文にて既に完結しているのだと、
それ以上の蛇足はつけることを良しとしない
思い切りのよさ、というか。


ある人たちには、
それは単なる「傲慢」にしか見えないかもしれないし、
そのコメントを書き込んだ人たちは、
返事の無いのを落胆して
「二度と書き込むまい」と唇をかみしめているのかもしれないのだけれど。


でも私には

その一方通行のコメント欄が

つながっているようでつながっていない、
そして
つながっていないようでつながっている
なんとも危うい人間関係を

ものの見事に表しているようで……


そういうブログをみるとなんだか嬉しくなる。


いいなぁ

そういうの……

すごく、いい。

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2008/10/09

階級社会に咲く仇花―ロマンティック

前世占いとかいうものがありますね。

不思議なことに
あれで出てくる前世というのはどういうわけだが、
お姫様や騎士や僧侶、国王など。
農民やその妻なんてのは、
その当時の人口に占める割合は相当なものなんでしょうが、
さっぱり出てきませんね。

いや、わかります。
ああいうものに難癖をつけるなんて野暮もいいとこだっていいたいのでしょう?
そのとおりです。

だってせっかく占った結果が姫君や孤高の王ではなく
「農民の妻、8人の子を産み最後の子を産み落とすとき難産のため死亡」
なんてのじゃ現実的過ぎてがっかりしてしまうじゃないですか。
別に誰だってあれをやって
本当に自分の前世が中世の貴婦人だったなんて信じるわけでは無い。
だから
それぐらいのサービスはお遊び占いをしては当然。
現代はこんな無味乾燥なロマンもへったくれもない時代なんだもの。
少しは貴族趣味を満足させて、ロマンのかけらを味あわせてもらいたい、
それが人情ってもんなのでしょう。


かくいう私もこっそりと貴族なるものに憧れを抱いていたものでした。
そして
なんで現代の日本にはそういうロマンチィックなものがないのだろうと、
不満に思ったものだったのです。
だって、そうでしょう。
日本の列車には優雅な一等車すらはない。
あるのはビジネスマンが商用に使うグリーン車ぐらい。
貴族や階級、伝統、
そういう古臭く合理的とはいえないけど堪らなく心躍らせるものは、
先ほどの占いのようなお遊びや娯楽のエッセンスとして
わずかに残っているぐらいではないですか。
これは戦後のおどろくべき平等主義の徹底が
階級社会に咲く「ロマン」という仇花を徹底的に排除した結果なのでしょう。
そしてそれはもちろん、良いこと、だったはずなのです。


それでも
ものすごく不思議なのですがどういうわけか
その平等で庶民的で大衆的な文化に
紛れもない大衆の一員でしかない私は物足りなさを感じてしまう。
そうです、
つまり身の程知らずにも私もまた
エリートとしての貴族的な感覚を味わいたいと思ってしまう一人なのです。


そして
かつてないほど平等に価値をおいていた
この国にすら、
格差と呼ばれる不平等が生まれつつある今現在……

この期に及んで
まだ暢気に古き良き階級社会のロマンに憧れ続けられるものなのか、と、
自分自身に問いかけています。
その憧れとは所詮、
自分だってどちらかといえばエリートに入れるはずだという
勝手な思い込みによるものであり、
その思い込みが崩れてしまえば、
つまり貧困の穴にひとたび落ち込んでしまえば
古き良き階級社会の負の部分のみが
重く私にのしかかってくるだけなのではないのか……と。


かつて
階級社会の底辺にいた庶民の人たちは
どうだったのでしょうね。

彼らにとっても「優雅なる貴族たち」は憧れる存在だったのでしょうか。
それとも自分たちを搾取する呪うべき存在だったのでしょうか。

なぜか、
そのあたりを無性に知りたい今日この頃なのです。

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2008/10/07

家族ぐるみのお付き合い

どうも苦手である。

いや、この「家族ぐるみお付き合い」ってヤツ。

夫の友達はあくまでも夫の友達であって、私のそれではない。
子供の友達だって、同じこと。

旅行だ、キャンプだ、なんだと確かにそういうレジャーは
単体の家族よりも複数家族のほうが盛り上がるし楽しいとは思うけど、
どうもそういうのに率先して参加したいとは思えない。


基本的に「人付き合い」は苦手だからなぁ

というわけで
家族自慢を目的とした旧友との会合、あるいは仲良し子供の親同士の親睦会の類は
できるかぎり避け続けたいワケなのです。


ごめんね、こんな妻(母)で……

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2008/10/02

道祖神の誘惑

久しぶりの更新ですみません。

でも
実は今ブログどころではないって感じなわけで……

だって
来年の9月ってすごい連休があるわけじゃないですか、
そうそう
2日も休めば9連休ってやつ。
気が付いていましたか?

もう行くしかないでしょう。
旅行ですよ、旅行!

というわけでここ1週間ばかり
航空券や鉄道パスやホテルはそんなことばかり考えちゃって
今私の頭を切り開いたら
きっと全く別の風景が見えるに違いないって感じ。


誰もが言ってることだけれど

旅とはそれを思いついたときから始まる・・・


ああ、そのとおり。
というわけで約1年間の旅に出ることになってしまいそう。


日常生活に支障、
既に出まくっています。

困ったモンだ。


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