ふと思い立ち、
「媚びる」という言葉をひいてみる。
こ・びる【×媚びる】
[動バ上一][文]こ・ぶ[バ上二]
1 他人に気に入られるような態度をとる。機嫌をとる。へつらう。「権力者に―・びる」「観客に―・びる演技」
2 女が男の気を引こうとしてなまめかしい態度や表情をする。「―・びるような目つき」
(大辞泉より)
ううーん……
私にはどうもこの「媚びる」って行動、
特に2での意味でなんだが、今も昔もかなり苦手だ。
若いときなんか
「媚びる」ということは恥ずべき行いで
そんなものを駆使するのはプライドが許さないとまで思いつめるような堅苦しさが
自分にはあったと思う。
一般的に「媚びるのが上手い女」は同性には好かれないものだが、
そういう意味で私は全くの人畜無害な存在。
むしろ「色気がない」というのは自分のウリだと思っていたぐらいだから、
良くも悪くもそういう敵意を感じたことは一度としてない。
でも世の中には
私とは真逆なタイプの
つい「媚びちゃう」人もいるのである。
学校を卒業してすぐ入った会社の同期にそんな感じの女の子がいた。
ほっそりとして小顔の可愛い子だった。
彼女は当然のごとく男性からのウケがよい。
同期入社の新人男子から部課長クラスのおじさんたちまでその支持層は厚かった。
だって考えてもみればわかる。
そこそこの容姿の女の子が何気に「俺に気があるのかな」なんて思わせる様子をみせてくれるわけだ。
それを嬉しく思わない男性はいないし、
結果として彼女を憎からず思うのも無理のない話なのだ。
だけど、この男たちだって
ひとたび「他の男にも媚びている」彼女の姿に遭遇したとたん
それこそ可愛さあまって憎さ百倍となる。
俺にだけ媚びてくれるならいいけど皆にもいい顔する女はただの尻軽なのであって
こっちから願い下げなわけだから。
こうして「つい媚びちゃう」彼女は同性からも異性からも総スカンを食う羽目に。
結局彼女はあまたの男性の中からひとりを選び
結婚して会社を辞めていったわけなのだが、
その選択からもれた男たちと、
その男たちの羨望の眼差しを彼女に奪われ続けていた女たちのやっかみから
彼女の噂話はその後も悪意を持って語られるばかりとなった。
まあ、
彼女としては辞めた会社でなんと言われようが痛くも痒くもないのだろうが。
しかし
彼女のように「つい媚びちゃう」のも
私のように「媚びたくとも媚びられない」のも
考えてみると大して違いがないのかもしれない。
「媚びなければ」余計な敵を作らずに済むことはたしかに楽だが、
人生に一度くらいモテモテっていう体験もしてみたいとは
意外と正直な願いだったりもするから。
惜しくらむは、
もしももっと早く「媚び」に対する抵抗感を払拭できていれば……
いやいや、
人生にもしもはない。
彼女がつい媚びちゃう女になったのは、
そういう生き方を自分で選んだからだろうし、
私が媚びられない女になったのだって、
そう生きるのが一番自分に合っていると確信した結果なのだから。
だからせめて
自分とは別の生き方を選んだ人に対しては
寛容とまではいかずとも
理不尽な侮蔑や憎悪は向けないでいたいものだ、と
「媚びる」
という字を見ながら考えてみた。