8月12日から18日まで、我が家は一家そろって夫の実家に帰省した。夫の実家は、東北の山村で義父が3年前に亡くなってから、義母が一人で暮らしている。いまは高齢になったため年金生活だが、生業は農業。そう、うちの夫は農家の長男にして一人息子なのだ。
毎年この時期の帰省はもちろんお盆を過ごすためなのだが、山村のお盆というのは、町育ちの私にとって最初は思いもよらなかったいろいろな行事ごとがあった。
場所によっていろいろあるようだが、その界隈のお盆は8月14日から16日の3日間である。
その前の13日には家々の玄関や軒先には多くの提灯がかけられる。それぞれの仏壇も竹や(何故かはわからないが)わかめ、そうめんなどで飾られ、果物や花がふんだんに供えられる。周囲には回り灯籠なども出され、にぎやかな一角を形成する。
そして14日の朝、餡子餅と米粉でつくった団子をこさえて、お茶、供花、線香などを持ち人々はご先祖のお墓参りをする。いわゆる迎え盆である。
高齢になった今でこそ義母は、餅は真空パックの切り餅、餡も出来合いのものを使っているが、3年ほど前まで、つまり義父の生前のころまでは、もち米をふかして餅を(さすがに機械でだが)つき、小豆を煮ていた。
その準備は前夜は深夜に及び、当日の朝は薄暗いころから始まっていてかなりの大仕事だ。
だが主婦の仕事はそれだけではない。
お盆の間にお線香を立てにいらっしゃるお客様のために数々の手料理(お煮しめ、山菜料理、お漬物)を大量に作っておくことも必要だ。お茶うけといったら、市販されているお茶菓子のことかと思っていた私にはこれは驚きだった。
ところで、この働き者の姑に対し嫁のほうは、お嫁に来たころはほとんど戦力にもならず、忙しく働く義母をはらはらうろうろしながら見守っていただけだった。(スミマセンでした、お義母さん。)
たいてい14日の夜、村の盆踊り大会が開催される。踊るのはもっぱらここの村の踊りである。
それがエンドレスで7時から9時までずーっと続く。(昔は真夜中まで行われたとか・・・)
夫は東京に出てきてはじめて町の盆踊りに行ったとき、東京音頭ならともかく、炭鉱節だのいろいろな地方の踊りが踊られているのに驚いたそうだ。しかし考えてみると東京の住人の大半は地方出身者なのだからそれもうなずける。
さて14日から16日夕刻までいろいろな人々がお線香をたてにやってくる。多くは親戚のひとと近所の隣人だ。この辺りでは村中親戚同士のようなものだから、同じようなものなのだろう。なにせ、ここらあたりでは苗字が4つに限られているのだから。だから各家を区別する為に苗字とは別に屋号がある。まあ家のニックネームのようなものだ。
16日夕刻、庭の片隅で先祖を送る「送り火」が焚かれる。新聞紙を一枚程度焼き尽くすぐらいの簡単なものだが、これが送り盆の始まりである。お供えしてあった果物や野菜お菓子などを小さなムシロに簀巻きにして、お茶、お花、お線香を持って再びお墓参りをする。
お墓は畑や田んぼの中にあるのだが、夫の子供のころは日がとっぷり暮れた後送り盆に行くと道々、蛍が飛んでいて幽玄なる世界が広がっていたそうだ。しかし忙しい昨今では、日暮れ前に送り盆をすませてしまう家庭が増えた。我が家も例外ではなく、夕方早々に済ませてしまった。蛍を見たことのない私は1度でいいから見てみたいとも思うのだが、たとえ日が暮れてから出かけても、田んぼも少なくなってしまった今となっては蛍もどこかへいってしまったらしく、見ることはかなわないらしい。残念なことだ。
こうしてつつがなくお盆は終わり、村は急に秋の気配をみせる。義母一人では片付けられない提灯や灯篭などを片付けながら私たちも東京に帰ってからの生活に思いをはせ始める。狭い家や夜になっても暑い部屋、エアコンをかけて過ごす夜のことなど・・・
11年前の夏、私は初めてこの村にやってきた。夫となる彼が、結婚相手(私)を自分の両親に紹介するためにつれてきたのがそれだった。誰でもそうだろうが、その日、私は非常に緊張していたのを覚えている。
一方彼は、私が山奥の村に恐れをなしてこの結婚を躊躇するのをかなり心配していたようだった。「・・・山奥でびっくりするよ・・・」そう繰り返し何度も言っていたのが思い出される。
確かにびっくりしたが、そのときはまだ本当の意味でのここでの暮らしの大変さを全く知らなかったといっていいだろう。いや今だって実際暮らしたことがないのだから、何もわかっていないという点では全く同じなのかもしれないが。
「だんな様の実家ってどんなとこ?」そう尋ねる友達に私はいつもこう答えている。
「『となりのトトロ』の世界だよ。」
このトトロの世界は、
村中親戚で誰が何をやっているか全て皆知っていて、子供がひとさらいにさらわれる心配はまずないけれど、新参者はその言動全てが注目の的となる、そんな村社会だ。
結婚してすぐのお正月、私は親戚の人と一緒に熨斗紙のついたタオルをもって村の近所のひとたちの家々に挨拶をして回った。
「今度○○のところに嫁に来た××です。」と。
夫婦して挨拶に回るのではなく、親戚の人に連れられてとはいえ一人で知らない家々を回るのはそのときの私には辛く、そのような風習にかなりびっくりした。
しかしそのことを後日友人に話したら、
「そうだね、そういうことうちの実家のほうでもやってるよ、兄のお嫁さん、それやってたよ。」
と言われ、二度びっくりしたことがあった。
そういえば、夫の子供のころの小さな白黒写真を別の友達に見せて「ねっ、日本昔話の世界でしょ」と言うと、「私の子供のころもこんな感じだったなあ」という返事がかえってきたっけ。
『トトロの世界』は、案外まだまだ日本のなかにいっぱいあるのかもしれないなあ。